Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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日本近現代文学を法制度との関係から捉え直す
金 ヨンロン 講師


金 ヨンロン 講師

日本近現代文学を法制度との関係から捉え直す

日本に留学する前から、日本文学に興味があった

私は「日本近現代文学を、法制度との関係から捉え直す」という研究をしています。近年は、「戦争裁判」を書いた文学作品を集めて分析しています。ここでの「戦争裁判」とは、第二次世界大戦後に国際法に基づいて日本の戦争犯罪を問うた裁判のことです。日本の指導者たちをA級戦犯として裁いた「東京裁判(極東国際軍事裁判)」と、世界各地で開かれたBC級裁判が含まれます。BC級裁判とは、捕虜や現地の人に虐待などをした帝国日本の軍人らを裁いた裁判です。

私は日本の戦後文学、特に太宰治が好きで、日本に留学する前から、韓国でよく読んでいました。しかし太宰治の「人間失格」を読んだとき、私には理解できない表現がたくさんありました。一つ一つ意味を調べながら読み進めていく中で「あること」がわかりました。小説家は作品を書くときに、その時代に新聞やニュースなどで使われた「流行り言葉」を用います。敗戦後の1948年に書かれた「人間失格」には、東京裁判と関わっている表現が多く、当時の人々なら理解できたはずの言葉が、私にはわからなかったのです。その後も日本近現代文学を「この表現は、この作品が書かれた時、どんな文脈で使われていたのだろう」と読むようになり、現在の研究に繋がっていきました。

戦争裁判を文学に書く意味

私は、戦争裁判を文学に書くことは、「文学をもって裁判をやり直すこと」だと考えています。これは一体どういうことなのか、木下順二の「神と人とのあいだ」を例に説明しようと思います。この作品は、「東京裁判」と「BC級裁判」の両方の戦争裁判を取り上げた珍しい作品です。2部で構成されていて、第1部は東京裁判の速記録をそのまま書いた「審判」、第2部はBC級裁判を書いた物語「夏・南方のローマンス」で成り立っています。実はこの作品が書かれたのは「1970年」と戦後20年以上も経ってからです。なぜそんな時期に書かれたのでしょうか?

1970年は「ベトナム戦争」の真っただ中でした。日本のニュースもベトナム戦争一色で、当時の人々は「アメリカ軍のベトナムに対する残虐行為」が報道されるたびに、かつての「第二次世界大戦における日本軍のアジアに対する残虐行為」と重ねて見るようになっていきました。そして次第に東京裁判のもとになった国際法を見直す動きが出てきたり、東京裁判のそのものの意義を問う議論も始まっていきます。そんな状況の中、木下の作品を読んだ人々は、作中に出てくる東京裁判を、過去に終わった裁判ではなく、「1970年現在、アメリカがベトナムに何をしているのか?」と裁くための題材として使いました。またこの作品は2018年に、舞台化されています。2018年と言えば、安倍政権が熱心に改憲に取り組んでいた時期でした。舞台を見た観客は東京裁判を、今度は「憲法第9条を改正することで軍事力拡大に繋がってしまうのではないかという議論の中で、そもそも憲法のきっかけとなったあの戦争は何だったのか?」と考え直すものとして使ったのです。

このように戦争裁判を書いた作品を、読者が置かれた「政治的状況」のもとで捉え直すことを、私は「文学をもって裁判をやり直す」ことだと考えています。

現在進行中の研究

文学と戦後日本の土台となった「日本国憲法」や「国際法」との関係を捉え直すために、戦争裁判を書いた日本近現代文学の作品をさらに集め、リスト化する作業を行っています。

現在のリストの中には、松本清張の「砂の審廷」があります。前述の木下作品と同じく1970年に書かれ、A級戦犯として巣鴨刑務所に拘留されたものの、精神異常を理由に不起訴となった大川周明を取り上げた作品です。松本清張ならではの推理色を生かしながら、実際に行われなかった裁判を、作品を通してやり直しています。実は、この作品と「神と人とのあいだ」を読み比べてみると、ベトナム戦争のことや、なぜこの時期に国際法を見直したのかを、さらに浮き彫りにすることができます。このようにリスト化した作品同士を読み比べることで深く見えてくるものがあります。一方で単独でも、どんなジャンルの作品が、どの時期に、どこにフォーカスを当てて書かれたのかを調べることで、法の捉え方や、裁判そのものの歴史的な位置付けができると考えています。

また戦争裁判というと日本人戦犯のイメージがありますが、かつて日本の植民地だった台湾や朝鮮にも戦犯がいて、裁判で裁かれています。そして在日朝鮮人の作家が戦争裁判を書いた作品もあるので、これらも集め、まとめたいと思っています。

これまで、日本の戦争裁判と文学にフォーカスを当てた研究は、ほとんどありません。リスト化した後は、「法と文学」の枠組みでさらにどんな議論ができるかを考えていきたいと思っています。

取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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