Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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争点空間の歪みと有権者の選択 宋財泫 講師

争点投票行動を説明する二つのモデル

特定の支持政党を持たない無党派層の増加が世界的な傾向となっている現在において、争点投票行動の研究の重要性はいっそう高まっています。
争点に基づく有権者の投票行動を説明するモデルとしては、「近接性モデル」と「方向性モデル」が提唱され、二つのモデルの優劣を巡る対立と論争が現在進行形で続いています。私は、二つのモデルの統合と、それを用いた政治的アクター(有権者ならびに議員)の行動に関する研究を行っています。

近接性モデルと方向性モデルの違い

近接性モデルでは、有権者は、争点空間軸上の自分の位置に最も近い位置にあると考えられる政党や候補者に投票すると想定します。図1でいえば、有権者は、より自分に近い候補者Aに投票します。
一方、方向性モデルは争点空間上に政党や候補者と自分自身を位置づけるところまでは近接性モデルと同じですが、そこに「現状点」が存在することが異なります。現状点が存在することで、争点において各政党が有権者にとって「こちら側」にいるのか、あるいは「あちら側」にいるのかが明らかになり、有権者は自分と同じ「こちら側」にいる政党に投票します。また、単に「こちら側」か「あちら側」かだけではなく、方向性モデルは、より立場を鮮明に掲げる政党、つまり極端な方に位置する政党へ投票すると予測します。図1の場合、有権者は、0を基準に、自分と同じ側にいると考える候補者Bに投票します。このように、同じ状況においても、二つのモデルでは異なる投票結果となります。

新しい提案「伸縮近接性モデル」

そこで私は、有権者の認知レベルにおける争点空間そのものに注目し、新たな「伸縮近接性モデル」を考えました。伸縮近接性モデルで採用する争点空間は、現状点から離れるほど、ポイント間の距離が縮む以下のような空間です。現状点の近くでは、現状点のどちら側にいるのかやポイント間の差が大きく感じられますが、現状点から大きく離れてしまうと、ポイント間の差を感じにくくなるということを表しています。もし、図2のωが1なら全てのポイント間の距離は一定となりますが、もしωが0.9なら現状点から離れるほど、ポイント間の距離は1、0.9、0.81、0.73…といった形で縮むようになります。

 

私が提唱している新しいモデルである「伸縮近接性モデル」では、近接性モデル同様、有権者は自分から見て最も近い政党へ投票するものの、その争点空間の認知が客観的ではなく、伸縮していると主張しています。
このモデルは、有権者は自分に近い政党・候補者を選ぶものの、自分と同じ方向にいる場合、より自分と近いと認知する点で、近接性モデルと方向性モデル両方を包含すると言えるでしょう。

サーベイ実験による実証

この新しいモデルの有効性を証明するために、争点空間が有権者の認知レベルにおいてほんとうに伸縮しているかどうか、また、説明力が既存のモデルよりも高いかどうか、サーベイ実験により実証することにしました(詳細はhttps://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2984430を参照)。
有権者の認知レベルにおいて、図2のように争点空間が伸縮している場合、ωは1よりも小さくなります(ω=1ならば、争点空間は伸縮せず、「近接性モデル」と同様な結果となる)。実験データを分析した結果、多くの争点においてωは1より小さいことが明らかになりました。
たとえば、憲法改正に関する争点空間の伸縮性は約0.897です。これは0から1までの距離を1とした場合、6から7(または-6から-7)までの距離が約0.521、つまり半分にまで縮むことを意味します。しかし、有権者の認知レベルにおいて争点空間に歪みがあることと、伸縮近接性モデルが現実をより適切に説明していることは別の次元のものです。そこで、私はこの伸縮近接性モデルを、既存の近接性モデルと方向性モデルだけではなく、これまで提唱されてきた2つの統合モデルと比較しました。その結果、3つの適合度指標において、既存モデルよりも高いパフォーマンスを示すことが明らかになりました。

争点空間の歪みが意味するもの

争点空間の歪みが現実の世界においてどのように帰結をもたらすか。これが私の今後の課題です。
有権者が合理的な存在であるか否かに関しては議論の余地がありますが、私の場合、「有権者は合理的であるものの、様々な要因がこの合理性を妨げる」といった立場にいます。その要因の一つが争点空間の歪みであるということです。近接性モデルと方向性モデルの中で合理的な投票モデルは近接性モデルです。しかし、争点空間の歪みがある場合、有権者が合理的な手続きで投票を行っても、その結果は必ずしも合理的結果にはなり得ません。
その一つの例が近年、世界中で見られる分極化です。その代表としてフランスの「国民戦線」やアメリカにおけるトランプ大統領の当選などが挙げられます。ほとんどの争点において有権者の態度は正規分布に従っています。もし、近接性モデルが正しいなら、各政党は得票を最大化するために中道へ収斂します。一方、方向性モデルが正しければ、政党の争点態度やイデオロギーは両端へ発散するでしょう。しかし、現実の世界で、巨大政党が同じ政策へ収斂することも、極端に発散することも稀です。この現象を、有権者の認知レベルにおける争点空間の歪みを用いて説明するのが、私の今後の課題の一つです。
最近、話題になった本、『民主主義の死に方』(スティーブン・レビツキー/ダニエル・ジブラット著)では政治的分極化が民主主義を崩壊させる一因であるとしました。分極化を説明するアプローチや理論は多岐にわたりますが、「非合理的な結果を生み出す合理性」は、一つの答えになると思います。このような歪みを是正する方法を考えることは、これからの民主主義のあり方にも貢献できるということではないでしょうか。

取材・構成:山本綾子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

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