Waseda Weekly早稲田ウィークリー

乙武洋匡バリアフリー鼎談 障害者は希望を見せる使命を背負っているのか

乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)さん(2000年政治経済学部卒)が早稲田大学在学中に執筆した『五体不満足』(講談社)がベストセラーになってから20年。前編では、乙武さんの知られざる「恩師」である早稲田商店会相談役の安井潤一郎さんと共に、まちづくりに青春を費やしたその「原点」を振り返ると同時に、不倫スキャンダル以降の「第二章」へのビジョンを語っていただきました。

後編では、先天性難聴を抱えながらも、早稲田大学ラグビー蹴球部で選手として活躍する教育学部4年の岸野楓さん、そして人間科学部で福祉工学の研究を行っている藤本浩志教授とともに「バリアフリー」についての鼎談ていだんを実施。乙武さんは在学当時を振り返って何を思うのか。「障害」の視点から見た早稲田大学は、あれからどのように変わり、今、どのように見えるのでしょうか?

左から藤本浩志教授、乙武洋匡さん、岸野楓さん

健常者と同じ土俵で勝負したい 早稲田の障害学生の伝統

まず、岸野さんはどのようなきっかけからラグビーを始めたのでしょうか?

岸野
父がラグビースクールのコーチをしていたんです。僕自身、実はラグビーにあまり興味がなかったのですが、小学校2年生のころ、父に連れて行かれて始めさせられました(笑)。

ラグビーはコンタクトスポーツ(※競技者同士の身体が強く接触するスポーツ)なので、プレー中は補聴器を外す必要があります。そのため、仲間とのコミュニケーションがうまく取れるか不安だったのを覚えていますね。

しかし、そんな不安を乗り越えた岸野さんはラグビーの道に突き進み、現在は早稲田大学ラグビー蹴球部に所属して健常者の選手と共に活躍しています。

岸野
早稲田大学のラグビー部では、僕が初めての障害者選手でした。そのため、初めはみんなどうやって関わればいいのか分からず、僕もどこまでできるのか定かではなかった。お互いに戸惑った部分もありましたね。 現在は、ラグビー部のトレーナーの方がサポートしてくれており、コーチや仲間が言っていることを通訳してくれるため、練習も試合も問題なく行うことができています。ただ、細かな部分は自分で何とかしなくてはならないので、周りを常によく見たり、自分の情報を相手に伝えることによって、コミュニケーションを取る意識を大事にしています。
乙武
岸野さんは健常者と共にラグビーを行っているだけではなく、聴覚障害者によるデフラグビーもされていますよね。どうして、あえて困難の伴う健常者とのラグビーと両立しているのでしょうか?
岸野
早稲田大学ラグビー部に入ったのは、聞こえない自分がどこまでできるのかという可能性を知りたかったから。実際にプレーしてみると、難聴であっても健常者の中でプレーすることの大切さを感じています。

自分の可能性を育てるためにはデフラグビーという狭い世界だけでなく、健常者も存在する広い世界でチャレンジすることはとても大事なことだと思っていますね。
乙武
早稲田OBのパラリンピック幅跳び選手に芦田創(あしだ・はじむ)さんがいます。彼は、片腕が短いという障害を抱えながら東京パラリンピックを目指しており、「ゆくゆくは健常者に勝ちたい」と話していました。

パラリンピック幅跳び選手、芦田創さん(2016年政治経済学部卒)
https://www.waseda.jp/inst/athletic/news/2016/07/09/9203/

パラスポーツという狭い枠組みに満足せず、健常者と同じ土俵で勝負したいというのは早稲田に来る障害者スポーツ選手の伝統かもしれませんね。
岸野
僕は高校時代に特別支援学校に通い、その学校の生徒たちと暮らしてきました。そこでは、生徒たちの見る世界には限界があり「自分は障害者だから、地元の良い会社に就職できればいい」と、小さな世界しかイメージできないんです。

そんな彼らの世界を広げるためにも、自分のような選手が健常者に囲まれながら活躍する姿を見せて、障害があっても活躍できることを知ってほしいと思っています。

前編でも、乙武さんが義足にチャレンジする意味を「他人のため」と話していましたが、岸野さんのモチベーションは、それと共通するものですね。

乙武
手足がなく生まれてきた一方、私は、親からの愛情や友人関係や学校で受けてきた教育や健康などには全て恵まれてきた。だからこそ、苦しい思いをしている人たちに違う景色を見せたり、「自分にもできる」という希望を見せたい。強い言葉を使えば、それは「使命」だと考えていますね。

しかし、その「使命」が「重荷」になってしまうことはないのでしょうか?

岸野
僕は誰かのために動くことが好きなんです。自分の行動が障害を持つ人々に対するアピールになるならば、それは重荷ではない。むしろ「自分にも、こんなにできることがあるんだ!」という自信につながります。重荷ではなく、力を引き出してくれるものですね。
乙武
私も同感です。「義足プロジェクト」も、私自身が歩きたいという思いだけだったら、練習のキツさに音を上げてしまっていたはず。

しかし、これを見た誰かが「乙武でも歩けるなら、自分も歩けるようになるかもしれない」という希望を抱けるならば、しんどい練習を頑張ることができる。「重荷」でないとは言えませんが、適度な重みが自分を動かしてくれているんです。

テクノロジーが障害者に「雇用」を生み出す

一方、藤本先生は「福祉工学」「ヒューマンインターフェイス」という形で障害を支える研究をされています。具体的にはどのような取り組みを行っているのでしょうか?

藤本
もともと理工学部の学生の時には、ロボットの研究室で義足の開発を研究テーマとしていました。障害や高齢になったことによる身体機能の低下を、エンジニアリングの立場から解決できないかと考えていたんです。

その後、研究者になってからも「障害を抱えているとはどういうことか」「どのような技術で、障害を支えられるのか」を考えて研究を行ってきました。本学に戻ってきてからは、視覚に障害がある方が困っているという話を多く聞くこともあり、点字や点図などの研究を行っています。

「早稲田祭2017」では、視覚障害者が点字や凹凸を指で触ることで情報を得られる「触知案内図」の製作にも協力されていました。藤本先生は、障害者の周囲にある「環境」を整備することによって、彼らをサポートしているんですね。

「早稲田祭2017」で配布された早稲田キャンパスの触知案内図

藤本
障害があっても普通に生活できるように環境を整えるというノーマライゼーションの考え方は、以前からもありました。また、障害を巡っては「環境因子」というキーワードがあります。これは、障害者が不便さを強いられているのは、障害があるからだけではなく、自分の機能と周囲の環境のマッチングが適切でないから、という考え方です。

2001年にWHO(世界保健機関)は、それまでのいわゆる障害の分類ではなく、この考え方を提唱しました。

例えば、各駅にエレベーターが設置されれば、障害を持つ人でも不便を感じることはなくなり、「障害」の意味は薄れます。障害を巡る発想は大きく変わりつつあるんですね。

乙武
『五体不満足』を出したのも、WHOの方針転換とちょうど同じ頃でしたね。私がこれまで感じていたのは、バリアフリーを進める上で大事なのは「意識」と「制度」の二本柱であること。しかし、ここ数年、3本目の柱として「テクノロジー」を意識するようになってきたんです。

テクノロジーがバリアフリーを実現する、とは?

乙武
去年、障害者雇用の水増し問題がありましたが、その背景には「障害者を受け入れていくべき」という精神論と、それを制度によって解決しようというこれまでの取り組みがあります。しかし、そんな精神論や制度はうまく機能せず、あんな事件が起こってしまった。

その一方、同じく去年、日本財団ビルに2週間限定でオープンしたカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」の取り組みはとても興味深いものでした。

「OriHime」(※)という遠隔操作できる分身ロボットが接客をするカフェなのですが、それを操作しているのは、障害や病気によって家から出られなかったり、寝たきりになっている人々。彼らが、遠隔操作のロボットを通して接客を行っていたんです。

※ 開発したオリィ研究所代表・吉藤健太朗さんは早稲田大学理工学部卒。
この取り組みによって、テクノロジーを活用することで、家から出られない障害者に雇用を届けることができた。それは、とても画期的な出来事だと思います。テクノロジーによって解決できる障害者を巡る問題は意外と多いんですよ。

お尻を濡らしながら上った階段の思い出 「早稲田のバリアフリー」

ところで、皆さんの目から見て、早稲田大学のバリアフリーはいかがでしょうか?

乙武
私の在学中は本当にひどかったですね。3号館を利用していたのですが、まず建物に入るところに階段があったため、電動車いすが中に入れず、車いすから降りて自力で移動しなければならなかった。だから、当然車いすは雨ざらし。それに雨でれた階段を、僕はリュックサックを背負って、お尻を濡らしながら登っていました。

でも今では3号館も建て替えられ、車いすの学生に対する設備も行き届くようになっていますよね。

2006年からは障がい学生支援室も設置され、障害のある学生に対してのサポートが行われています。

乙武
3号館を建て替えるときに、当時の学部長から意見を求められたんです。図面を見ると、バリアフリー対応としては問題のない建物でした。しかし、そこで「もう一歩先に進んでほしい」と提案したのが、教える側の教員にも障害を抱えた人が来るかもしれない、という想定でした。

どうしても「学校のバリアフリー」というと、障害を持つ学生に対して意識が向いてしまいますが、当然、障害者が教職員になる可能性は十分にありますね。

乙武
先生が立つ教壇は一段高くなっており、車いすで上がれないことが多いんです。講演会などで地方のホールに行っても、車いす席、車いす用トイレはあるのに、車いすの人が登壇することが想定されておらず、舞台に上がれないことは少なくない。

バリアフリーが浸透してきて、車いすの人も参加できるようにという流れは進んできましたが、障害者が登壇する側になるという想定が広がっていけば、さらに障害を巡る議論は進んでいくはずです。
藤本
私が通っている所沢キャンパスでは、車いすを使われている方に非常勤講師をお願いすることになった際に、着任に合わせて駐車場に障害者用の駐車スペースを設置したり、重いドアを自動ドアに換えたり、教壇にスロープを付けたりしたんです。

学生だけではなく教職員も含めて早稲田大学の構成員の全てに、障害がある人が当たり前のようにいるという状況を想定していかなければなりません。スロープの設置やトイレの設備改修など、障害者が自分のことを自分でできる環境を提供していくことは、今までよりもさらに必要性を増していくと思います。

岸野さんの目から見て、整備してほしい部分はあるのでしょうか?

岸野
障がい学生支援室のサポートによって、授業でもパソコン通訳や手話通訳などを利用することができます。だから、授業の中ではそこまで困ることはありません。

ただ、授業で映像を流すときに字幕がないまま流してしまう先生も少なくない。先生によって、障害に対する配慮の差があるんです。
乙武
岸野さんの話したような不便さも、早晩テクノロジーで解決していけるようになるかもしれませんね。

先日、イチロー選手の引退会見では、Abema TVが、AIによる自動字幕を使って放映していました。まだ精度は粗かったけれども、今後、技術が進んでいけば、ほぼ正確にリアルタイムで文字化できるようになっていく。技術の進歩によって、障害者の不便が解消されていくことを期待しています。

では、それぞれの目から見て、障害がない学生は、障害のある学生に対してどのような支援ができると思いますか?

岸野
まず、積極的に障害のある学生と関わってほしいというのが一番の思い。しかし、どのように関わればいいかについて、僕たちも悩んでいるし、向こうもきっと悩んでいる。

その結果、行動ができずに関われないままに終わってしまうんです。取りあえず、障害者と健常者が関わっていく機会を作っていかなければならないと思っています。
藤本
障害がない学生は、サポートしたい気持ちがあっても、どういう風に手助けできるのかが分からず、どう声を掛けていいのか分からないことが多い。しかし、障害について知っていくと、「支援」といってもそんなに大仰なものではないことが分かるはずです。
乙武
そうですね。例えば、私のマネージャーは魚介アレルギーなんです。ご飯を一緒に食べるときには、魚介系ではないお店にいかないといけません。しかし、世間ではアレルギーを障害とは呼ばないし、アレルギーの人と接するにはどうしたらいいのか…、と身構える人もいないですよね。

それなのに、「障害」という名前の付いたとたん、障害のある人と接するにはどうしたらいいのか…という重い話になってしまいます。実際に仲良くなってしまえば、障害があることと、アレルギーがあることの面倒臭さはそんなに変わりません。

アレルギーの人と付き合うくらいのフラットさで、障害者と接することができるんです。

「障害者と接する」というとハードルが上がりますが、「アレルギーと同じくらい」と考えることで、気軽に支援への第一歩を踏み出せそうですね。

乙武
また、今後は「支援」のイメージにも変化が生まれてほしいと思っています。岸野さんは耳が聞こえないけれど車いすが押せる。私は手足はないけれど字が書けるので岸野さんのためにノートテイク(※筆記による文字通訳)ができる。

サポートすべき立場にいる人は障害のない人と限定せず、障害があっても他人のサポートができるという意識を持ってほしい。乙武でさえ、岸野さんでさえ、他人の役に立てるなら、健常者でもサポートすることができることに多くの人が気付けるはず。

何らか著しく欠けた点があっても、残っている機能で人の役に立てる点は絶対にある。私は、障害のある人にこそ、他人のサポートをしてみてほしいと思っています。
プロフィール

乙武 洋匡(おとたけ・ひろただ)

1976年、東京都生まれ。2000年、早稲田大学政治経済学部卒業後、スポーツライター、小学校教諭などを務める。1998年、早稲田大学在学中に著した『五体不満足』(講談社)が600万部のベストセラーに。現在は、文筆家のほか、AbemaTV『AbemaPrime』の金曜日メインMCを務めるなど多岐に活躍。『だいじょうぶ3組』(講談社文庫)、『だから、僕は学校へ行く!』(講談社)、『オトことば。』(文藝春秋)、『車輪の上』(講談社)など著書多数。

藤本 浩志(ふじもと・ひろし)

早稲田大学人間科学学術院教授。福祉工学を専門とし、人の機能を補完して環境との円滑なインタラクションを目指した適切なインターフェースに関する具体的な課題を研究。近年は、皮膚感覚特性を利用したインターフェースの研究や、大学における障がい学生支援の課題にも取り組んでいる。

岸野 楓(きしの・かえで)

岐阜県出身。県立岐阜聾学校卒業。早稲田大学教育学部4年。ラグビーのU-18合同チーム選抜代表として高校時代から活躍。現在は、早稲田大学ラグビー蹴球部に所属し、平日は大学の授業と練習を両立。大学ラグビーの選手経験もある父親からは「自分の持ち味を発揮して、アピールして、頑張れよ」「けがに気を付けて」といつも応援の言葉をもらっている。

取材・文:萩原 雄太

1983年生まれ、かもめマシーン主宰。演出家・劇作家・フリーライター。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。愛知県文化振興事業団が主催する『第13回AAF戯曲賞』、『利賀演劇人コンクール2016』優秀演出家賞、『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。かもめマシーンの作品のほか、手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはパフォーマーとして出演。 http://www.kamomemachine.com/
撮影:加藤 甫
編集:横田 大、裏谷 文野(Camp)
デザイン:中屋 辰平、PRMO
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