Waseda Weekly早稲田ウィークリー

“地味”の上に“派手”がある ライムスター宇多丸の「イケてる」青春時代

新入生の皆さん、入学おめでとうございます! 入学式から1カ月。高校までと違い、授業やサークルをはじめ、基本的に全てを自分で選択していかなければいけないのが大学という場所ですが、環境の変化に不安を抱いている新入生も多いのでは?

そこで今回は、日本のヒップホップシーンを黎明れいめい期から支えるアーティストでありながら、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のパーソナリティーとしても活躍するRHYMESTER(ライムスター)の宇多丸さん(1994年法学部卒)にインタビューを敢行。『大学1年生の歩き方』(トミヤマユキコさんとの共著/左右社)などの著書もある清田隆之さん(2005年第一文学部卒、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表)を聞き手に、学生時代の思い出や新入生に向けたメッセージなどを伺いました。今年で結成30周年を迎えるライムスター・宇多丸さんの“イケてる”青春時代とは?

調子こいてた新入生時代 SNSもYouTubeもなくて、本当に良かった

宇多丸さんは大学1年の4月、5月という“不安の季節”をどう過ごされていましたか?

宇多丸
うーんと、そうですね。不安というよりむしろ、完全に調子こいてました(笑)。僕は東京にある巣鴨高校という進学校に通っていたんですが、決して勉強ができる方ではなかったので、早稲田に入れたことは自分として相当な金星だったんです。

さらに巣鴨高校はガチガチの管理教育で有名な男子校でもあり、中高6年間をかなり抑圧的な環境で過ごしていたから、もうね「自由だ!」「俺の人生ここからがデビューだ!」っていう気持ちで。本当にワールドイズマイン、この世は俺のものだってくらいに調子こいてました。

自分なんかは不安のどん底で新歓コンパにすら行けなかったので……ちょっとうらやましいです。具体的にどんな感じだったんですか?

宇多丸
調子こきのなせるわざで、語学クラスの初日に「俺が幹事やるから飲み会やろうぜ」って申し出まして。真剣に勉強する気はなかったから、ここでみんなに佐々木士郎(※宇多丸さんの本名)っていう存在を売っておけば、いろいろ暮らしやすかろうみたいな魂胆もあったんですね。

そうやって調子こいてたおかげでみんなともすぐ仲良くなれたし、授業をサボってもノートが回ってくるみたいな。だから当時は小ざかしく上手に立ち回った感じかなと思いますね。

コミュニケーション強者ってやつじゃないですか!

宇多丸
違うんですよ、己を過信してたんです。それを表すエピソードとして、これも時効だと思ってしゃべりますけど、明らかに宗教団体がバックに付いてるサークルの勧誘にわざと付いてって、全部論破して帰ってくる、みたいなことをやってたんです。ハッキリ言って危ないし、先方にも失礼なんだけど、とにかく生意気の極みでしたね。

確かに…。その時代にSNSやYouTubeがあったらヤバかったかもしれないですね。

宇多丸
まずいまずい、本当にまずい。絶対にアップしてたと思いますもん。YouTube、SNSなくてマジで良かった(笑)。

カジュアル化していく時代の変化と頑固なサークルの先輩たちとの出会い

大学1年生にとってはサークル選びも重要なイベントですが、宇多丸さんは「ソウルミュージック研究会GALAXY」に入られたんですよね。

宇多丸
その辺りのビジョンは最初から明確でした。高校生の頃からクラブカルチャーが好きだったので、ダンスミュージックやブラックミュージックのことが詳しくなれるようなサークルに入ろうって。

のちにライムスターを結成するMummy-DやDJ JINともそこで出会ったし、コラムニストのジェーン・スーさんなんかもGALAXYの後輩です。

今年30周年を迎えたライムスター。左から、Mummy-Dさん、宇多丸さん、DJ JINさん

高校からクラブカルチャー! なんかイケてる感がすごい…。

宇多丸
それは時代がすごく関係してるんです。当時はバブル真っ盛りで、かの有名な「マハラジャ」をはじめ、高級ディスコ文化が盛んでした。ディスコというのはハコ(※お店)についているDJがお店所有のレコードをかけるという、まぁバリバリ水商売かつ縦社会な世界なわけです。

一方、風営法の改正も絡んで当時ちょうど日本でも盛り上がりつつあったクラブ文化は、既存の資本や大人の論理に侵されていないというか、とんがった遊び人たちが当時の最先端音楽スタイルをカジュアルに楽しむ場で、アマチュアの才能が大量に流入できるタイミングでもあったんですよ。

音楽も今みたいにジャンル分けされてなくて、ヒップホップもハウスもレゲエもパンクも、すべてがアンダーグラウンドなクラブミュージックというくくりで、ごちゃ混ぜになってかかるという状況だった。

なるほど。当時のクラブって、未成熟な文化特有の勢いみたいなものがあったわけですね。

宇多丸
そうですね。時代の変わり目であることを若者として敏感に察知していて、「俺たちが輝けるチャンスが来た!」という気分があった。

ファッションも90年代に向けてカジュアル化していた最中で、それまでお金を持っているヤツしか着られなかったデザイナーズブランドの時代から、それこそアディダスや古着みたいなストリートファッションがはやり始めていて、気の抜けた格好をしてていいんだってのがものすごく革命的だった。

ロックでも「グランジ」が花開くなど、全ての文化がカジュアルダウン化していったのがこの時代の特徴ですね。

それにしても、めちゃめちゃリア充な話じゃないですか!

宇多丸
ただ、いざGALAXYに入ったら、そういう最先端のクラブカルチャーみたいなものに否定的な先輩が多くて。確かに好きな音楽は共通しているんだけど、先輩たちはゴリゴリのマニアというか、ブラックミュージックの歴史や理論をひたすら掘り下げ続けていて、それが本当にすごかった。

僕はそれまではやりものにばかり飛び付いていたから、「クラブなんて田舎者が遊ぶとこだろ」っていう先輩たちの頑固さが逆に新鮮で。でも、そういう人たちに出会えたからこそ、ライムスターの日本語ラップが生まれたとも思うんですよね。

ラッパー宇多丸の誕生と挫折 夢とルサンチマンをため込んだ青春時代

頑固な先輩たちとの出会いは、宇多丸さんにどんな影響を与えたんですか?

宇多丸
あの人たち、すぐ「バカ」って言うんですよ(笑)。「バカ、士郎、音楽はこういうのを聴け」「バカ、士郎、この曲はこうやって踊るんだよ」「バカ、士郎……」って、そういう先輩と家でレコード聴いて、おなか減ったらモスバーガー食べて、「おっ、ここのモス選曲分かってんな」とかしゃべって、また家でレコード聴いて。チャラついたサークルだと見られていたけど、活動自体は非常に地味かつストイック、もっと言えば普通にさえない青年たちでした。

そんなサークルでパーティーをやったとき、先輩たちから「余興でコントやれ」って言われたんだけど、「もっとカッコ良いことやりたいのでラップやります」って。それが人前でラップをやった初めての経験でした。

おお、ラッパー宇多丸が誕生した瞬間ですね!

宇多丸
もっとも、頭の固い先輩だから当然「日本人のラップなんかカッコ悪いだろ」って感じなんですよ、もう頭ごなしに(笑)。

でもなにぶん僕は調子こいてたので、「いや、カッコ良くできるんで」って言い返したりして。で、実際にやってみたら案外できたんですよ。先輩たちも「うまいじゃん」と言ってくれて。そこからですね、本格的にラップを志していったのは。

若者の調子こきマインドってどこかで鼻を折られがちですが、宇多丸さんは割とそのまま順調に行ってますね。

宇多丸
いや、やっぱり挫折しましたよ。クラブカルチャーの広がりで、当時ラップのコンテストもいろいろあったんだけど、うまいねと言ってはもらえるものの、決定的な評価が得られなかったんです。チャラついた大学生にしか見えなかったんでしょうね……。まあ実際そうだったとも思うし(笑)。
でも、そこでGALAXYの先輩たちから学んだマインドが生きた。それまではウソ英語でラップしてたのを、やはり日本語でやらないとダメだ、頑固な先輩たちにカッコ良いと思わせるような日本語ラップを追求しなきゃと、後の進む道にどんどん寄ってった感じですかね。

調子こきが挫折し、ストイック路線へ。めちゃめちゃいいストーリーですね。

地味な作業こそ手を抜かずにやれ、遊びも真剣にやらなきゃ面白くない、という先輩ばかりでしたからね。だから学祭とかでもすごいんですよ。GALAXYでは毎年ディスコをやってたんですが、音も内装外装もめっちゃ凝ってて。発泡スチロールを加工して当時はやってた岩場風のインテリアにしたりとか、そこいらのディスコには負けないクオリティーでしたよ。おかげで発泡スチロールを切るのがめちゃめちゃ上手になりました(笑)。
そういう「地味な努力を重ねて派手なことをやる」というマインドを身に付けられたのは先輩たちのおかげですね。でも、なかなか芽が出ず。そうこうするうちに、同世代で根本の考え方も僕らと近いスチャダラパーがみるみる脚光を浴びてゆきました。

そんな中、先輩たちと家でレコードを聴きながら、夢とかビジョンとかルサンチマンとかいろんなものをため込んでいたのが僕の青春時代でしたね。だから実際、全然イケてなかったんですよ(笑)。
プロフィール
ライムスター宇多丸(うたまる)
1969年、東京都生まれ。1994年、早稲田大学法学部卒業。大学在学中にヒップホップ・グループ「RHYMESTER(ライムスター)」を結成。日本のヒップホップ黎明れいめい期よりシーンを牽引けんいんし、今なお第一線で活躍を続けている。映画評やアイドル評もこなし、ラジオDJとして『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)のパーソナリティーも務める。著書に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)や『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』(新潮社)など。ライムスターは今年で結成30周年を迎え、全国ツアーを開催中。
https://www.rhymester.jp
清田 隆之(きよた・たかゆき)
1980年、東京都生まれ。文筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。2005年、早稲田大学第一文学部卒業。大学在学中に桃山商事を立ち上げ、これまで1200人以上の悩み相談に耳を傾ける。著書に『生き抜くための恋愛相談』(イースト・プレス)、トミヤマユキコさん(2003年法学部卒、2012年文学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学学術院助教)との共著『大学1年生の歩き方』(左右社)などがある。6月に単著(晶文社)と桃山商事の新刊(イースト・プレス)が出版予定。
撮影:加藤 甫
編集:横田 大、裏谷 文野(Camp)
デザイン:中屋 辰平、PRMO
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