Waseda Weekly早稲田ウィークリー

カミナリまなぶ×ジョイマン高木×サンキュータツオ “ズレた人生”の魅力

思い出したくもない大学時代 でもレールを外れて自由になれた

夢や希望に満ちて入学した大学。にもかかわらず、当初の理想とはズレてしまった大学生活を送った3人の早大出身お笑い芸人、カミナリ 竹内まなぶさん、ジョイマン 高木晋哉さん、米粒写経 サンキュータツオさんによる鼎談(ていだん)の後編。前編では、希望に満ちた入学当時から、学生生活、そして退学/大学院進学までの経緯を伺いました。

大学時代から“普通”とはちょっとズレた人生を歩み始めてしまった3人。では、そんな“普通”のレールを外れた人生には、どのような魅力があるのでしょうか? そして、レールの外側にいる彼らだからこそ語れる“脱輪のススメ”とは?

「思い出したくもない」という大学時代を伺っていると、高木さんにとって、大学時代を含めた養成所に入るまでの期間は、自分を見つめるための準備期間だったんですね。

高木
準備期間といえば聞こえがいいですが、みんなから引き離され、どんどん暗いところに落ちていっているような感覚のあった時期でした。「このままではマトモな大人になれない」「どうしたら、ちゃんとした人間になれるんだろう」と、ずっと焦燥感を抱えていましたね。

とはいえ、早稲田大学に進学し、順当に卒業すれば、ある程度安定した将来を描けるという現実もあります。そういったレールに戻ろうとは思わなかったのでしょうか?

高木
若かったこともあり、もう戻れないと思い込んでいたんでしょうね。ただ退学届を出して、レールから完全に外れることによって、「新しい人生が始まった!」というスッキリした感覚を味わいました。まだ「芸人を目指す」という何者でもない立場でしたが、そこには人生で初めての自由が広がっていたんです。「これで芸人になれるぞ!」と意気込み、タバコも吸い始めたんですよ。
タツオ
解き放たれたねえ(笑)。
高木
それまでは本当に真面目なタイプだったので、そんな自由を味わったことはなかったんです。

まなぶさんは中退することによって、レールを外れる怖さはなかったのでしょうか?

まなぶ
あまりなかったですね。うちのじいちゃんは「人に迷惑を掛けなければ何をしてもいい」とよく話していました。僕は、そんな教えを守りながらも、誰かが敷いてきたレールに乗るのではなく、自分でレールを敷こうと思って生きてきたんです。
タツオ
かっこいい! でも用意してきたやつでしょ、それ!(笑)
まなぶ
僕、高校時代や浪人時代には、周りの友達に対して「早稲田大学政治経済学部に入学する!」と公言していたんですよ。結果的に2年かかってしまいましたが、言葉にすることが「絶対に入学してやる」というモチベーションにつながった。でも「卒業する」とは、一言も言ってないですからね(笑)。芸人になったときにも「芸人で絶対に売れる! 食えるようになる!」と宣言していたんです。

有言実行だったんですね。では、タツオさんはいかがでしょうか?

タツオ
僕が在学していた1999年〜2000年の頃は、レールという概念が通用しない時代でした。就職氷河期の底だったので、同級生も、それまでならば大手出版社に入れるような人が編集プロダクションの下請け仕事をしたり、文学部とは全く関係ないSEの仕事に就職したりしていましたね。もはや、レールに乗るも乗らないもない時代だったんです。

当時は、山一證券や北海道拓殖銀行の経営破綻などが続き、「大企業なら大丈夫」という安心が失われた時代ですね。

タツオ
でも、そんな「レールに乗るも外すもないよ」という状況を迎えて、僕はむしろ「ようやく自由になれた」と感じた。というのも、そもそも僕の場合、みんなのように「18歳になったら大学に入りたい」「22歳になったらこういう会社で働きたい」という意識が全くなかった。みんなが普通に頑張ろうと思うことを、頑張れないんです。

それは今でも変わっておらず、芸人なら芸人で「こういうコンテストに出なきゃ」「こういう活動をしなきゃ」ということがあると思うんですが、そういうことにモチベーションが湧かないんです。みんなと同じ目的を共有できないという性格は、コンプレックスでもありました。まなぶくんも高木くんも、芸人の競争社会の中で生き残った人たちだから、僕とは全然違うフィールドにいるな…と感じてしまうんです。
「一発屋」は立派な勲章 どんなマイナスも笑いに変えていく

それぞれ、大学に在学した時期も期間も異なりますが、早稲田への進学がお笑いに影響を与えていることもありますか?

まなぶ
地元・茨城の中学や高校で周りの友達を笑わせていたので、「僕、芸人に向いているのかな…」って思っていたんです。そして、早稲田のサークルに入り、地元でやっていたのと同じことをみんなにぶつけたら、何を言ってもウケました。「俺の笑いは全国レベルだ! 東京でも通用するんだ!」 っていう自信になりました(笑)。

いい意味で勘違いしてしまったんですね(笑)。

まなぶ
もちろん芸人になると、いつでも爆笑を取れるなんていう、夢のような環境ではなくなります。それで最初の頃はライブでスベって自信をなくすと、高田馬場でサークルの友人と飲むことで自信を取り戻していたんです。
タツオ
まなぶくんのホームは馬場だったんだね。僕の場合、早稲田で得られたのは、いろいろな価値観に触れられたこと。早稲田には地方から出てきてギラギラしている人もいれば、おっとりしている人も、堅実な人もいます。理工学部の人と話してアインシュタインの素晴らしさを知ることができたり、法学部の人から法律の面白さを学んだりすることで、自分の知らない世界を学べました。それは、この大学のおかげだと思います。
高木
僕は、全然友達もいなかったし、授業も全く出ていなかったので、早稲田から影響を受けたという実感はないですね。在学中は、自分の頭の中で自分と自分で漫才をして、自分で「面白い…」とにやけているような日々でした。しかも、関西弁で…。気持ち悪いですよね(笑)。だから、ずっと自分の頭の中を見せられる場所を見つけたいと思い続けていたんです。

ジョイマンとして、リズムネタでブレイクを果たした後、再び仕事を失った高木さんは、近年、「一発屋」というアイデンティティーを積極的に打ち出していますね。ある意味、芸人としてもレールを外れた方向に歩んでいるように感じます。

高木
以前は「一発屋」と言われるのがすごく嫌だった時期もあったんです。けれども、ムーディー勝山さんやレイザーラモンHGさん、三瓶さん、天津木村さんたちが組んでいる吉本興業内のユニット「一発屋オールスターズ」に参加させてもらうようになってから、その認識が変わり、積極的に一発屋をアピールするようになりました。

その認識は、どのように変わったのでしょうか?

高木
当たり前ですが、一発屋って別に悪いことではないですよね。それに、僕らは一発も当ててない。0.8発くらいですよ(笑)。それが、自分から積極的に発信し続けることで、世間は僕らを一発屋として認識してくれるようになったんです。今では一発屋は勲章だと思っています。一発屋オールスターズは一度どん底を見ているので、人の痛みが分かる優しい人たちばかり。他の人の悪口も言いません。今、とても楽しくやっています。

大学時代から、高木さんは周囲とはズレた生き方をしていました。もしかしたら、一発屋に対するそんな認識の変化は、これまでの人生経験も影響しているかもしれませんね。

高木
中退したこともそうですし、大学在学中に友達が全然いなかったこともそうですが、生きていく上で、マイナスの部分をプラスにしていかなきゃしょうがない。お笑いだったら、どんなマイナスなことでも、ネタにすることによって笑いに変わっていくんです。
まなぶ
すごく分かります。僕も落ち込むことはあるけど、マイナスなことがあっても自己暗示をかけて生きてきました。
高木
けれども、学生のときにはそれができず、どうしたらいいかわからなかったですね。当時、ナインティナインの岡村さんが、ラジオで「いかに恋愛ができないか」という話を笑いにして胸を張っていました。その姿が、本当にかっこよくてうらやましかったんです。その頃の僕にとって、一発屋という立場に胸を張っている今の自分の姿が、芸人としてかっこいい存在に映っていたらいいですね。
「人生にリセットボタンはある」 “やりたいことコンプレックス”からの開放

先輩として、現役の学生や新入生に向けたアドバイスはありますか?

タツオ
僕は今、他の大学で1年生を教えているんですが、みんな“やりたいことコンプレックス”がとても強いと感じます。やりたいことがない自分はダメな人間なんじゃないか、やりたいことを見つけなきゃいけないんじゃないかと焦る学生が多いんです。

でも、そんなことに焦る必要はありません。大学の4年間は、自分と向き合うための時間だし、その中でやりたいことが見つけられなくても全然構わない。大人は「やりたいことを探しなさい」とけしかけるのではなく、「やりたいことは全ての人間にあるわけじゃない」という当たり前のことを言っていくべきだと思っています。

「やりたいことがなければいけない」という社会の空気は、年々強まっているように感じますね。

タツオ
それに“やりたいこと”と“お金になること”は全然別のもの。お金になることは、言い換えれば“やっていて苦にならないこと”です。ただ、それは自分ではなかなか気付けない。自分では当たり前だから自覚できないけれども、他人から見るとすごい! という才能は意外と多いんですよ。大学時代は、そんなことを見つける4年間でいい。世間の固定観念とは異なり、友達がいなくてもこうやって生きている大人たちもいるんですから。
高木
うん、全然大丈夫ですよ!

とても説得力があります(笑)。では、高木さんはいかがでしょうか?

高木
学生のうちにいろいろな失敗をしてほしいですね。僕を見れば分かるように、失敗してもなんとかなるんですから。
タツオ
最終的には「中退」っていうリセットボタンを押せばいいんだしね!?
高木
そう! 人生にリセットボタンはあるんです。僕のような人生を歩んでいても楽しく生きることはできる。だから、何でも挑戦してみるべきなんです。もちろん、僕の大学時代のように、何もできずに悶々と時間を過ごすのもいいでしょう。絶対に、その後の人生の糧になりますから。

まなぶさんは?

まなぶ
僕が今日皆さんに一番言いたいことは…サークル内の恋愛禁止は絶対に嘘だ、っていうことです!

そこですか(笑)。

まなぶ
ですから、キャンパスライフを自由な形で…エンジョイマン!
高木
あ! それは、俺に言わせてよっ! エンジョイしてなかったから言えないけど…。
一同
笑。
プロフィール
カミナリ 竹内 まなぶ(たけうち・まなぶ)
1988年、茨城県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科中退。グレープカンパニー所属。2011年、幼なじみの石田たくみとお笑いコンビ・カミナリを結成。コンビ名は、竹内の実母に委ね「カミナリ」と命名された。茨城弁の掛け合い、「おめえ、そう言えば○○だな!」などと大声でつっこむ、どつき漫才で人気沸騰中。2016年、2017年の「M-1グランプリ」に2年連続で決勝進出を果たしている。
ジョイマン 高木 晋哉(たかぎ・しんや)
1980年、神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部国語国文学科中退。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。2003年、中学校の同級生だった池谷和志とお笑いコンビ・ジョイマンを結成。2008年「ナナナナー、ナナナナー」のラップネタで一世を風靡。近年は「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(テレビ朝日系)に出演するなど、「一発屋」をバネに再ブレイク中。7月7日に行われる単独ライブのチケットが完売しなければ解散することを発表していたが、5月14日に完売した。
米粒写経 サンキュータツオ(こめつぶしゃきょう・さんきゅーたつお)
1976年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文学科卒業、同大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程満期退学。オフィス北野所属。お笑いコンビ「米粒写経」として活躍する一方、早稲田大学、一橋大学、成城大学の非常勤講師も務める、日本初の学者芸人。ラジオ番組のレギュラー出演のほか、週刊誌、月刊誌などでの雑誌連載も多数。著書に『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』、『ヘンな論文』(共に角川文庫)ほか。
取材・文:萩原 雄太
1983年生まれ、かもめマシーン主宰。演出家・劇作家・フリーライター。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。愛知県文化振興事業団が主催する『第13回AAF戯曲賞』、『利賀演劇人コンクール2016』優秀演出家賞、『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。かもめマシーンの作品のほか、手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはパフォーマーとして出演。
撮影:加藤 甫
編集:Camp 横田大
取材・撮影協力:早稲田大学提携 国際学生寮WID早稲田( http://wasedalife.com/bukken/widwaseda/


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