Waseda Weekly早稲田ウィークリー

”フィギュアを凌ぐ学問で得た充実感 町田樹がアスリートに伝えたいこと

充実感・達成感はアスリート以上!?学問や社会で評価されるということ

元フィギュアスケート選手で、現在は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程で研究を行っている、町田樹さんのインタビュー後編。前編では突然の引退劇の背後にあった町田さんの決意や、早稲田大学大学院に進学した経緯などについて語っていただきました。

後編では、現在の研究生活の様子や、その中で感じた競技生活との違い、そして、学問を追求する意味や楽しさについてお話を伺います。いったい研究の魅力とは何なのか? そして、学問はどのようにスポーツを変えられるのか?

かつて「氷上の哲学者」と言われた町田さんは、大学の研究室に舞台を移し、その哲学を深めているようです。

フィギュアスケートは氷の上で、たった一人で行われる孤独な戦いです。そこから、学問という場所に舞台を移し、どのような変化を感じていますか?

町田
まず、学問は一人ではできません。学問をするにあたっては、他者とコミュニケーションを取ることが必要になるし、ディスカッションを通じて知見が広がっていくこともしばしば。また、研究は先人たちが育んできた知的体系を基に、新たな研究課題へとアプローチをするものなので、先人たちと対話をしているような気分になるんです。

学問は「一人で行うもの」というイメージが強いですが、実際には他者との対話が必要なんですね。また、金メダルや銀メダルといった結果が見えにくいのも、競技生活との大きな違いでしょうか。

町田
そうですね。アスリートたちは、結果が認められることによって、大きな充実感や達成感を得ることができます。ただ、引退してから振り返ると、アスリート時代にはそういった充実感や幸福感はスポーツを通じてしか得られないという思い込みが、私にはありました。
しかし、競技を通じて得られる充実感や達成感と同等かそれ以上のものは、スポーツ以外の世界にもあふれかえっています。私の場合は、学問を通じて、多くの達成感や幸福感を得て、アスリートだけがキャリアではないという当たり前の事実に気づきました。特に、早稲田大学に入学する後輩のアスリートたちには、それを伝えたいですね。

例えば、どのような時に達成感や幸福感を感じるのでしょうか?

町田
この3年間で言うならば、ゼミで仲間たちと濃密で有意義な議論を行うことができた時には大きなやりがいを味わうことができました。また、学外の研究会や学会発表を通じて、自分が積み上げてきた研究の成果を公表することで、「ここまで自分はやったんだ」という達成感を得られます。

町田さんは、さまざまな学会で研究発表を行っており、日本体育・スポーツ経営学会や文化経済学会などの学会発表では優秀発表賞を受賞しています。それは競技会でのメダルとは違いますか?

町田
スポーツは相対評価であり、他者と比較して優れているか否かを競うものですが、学会発表は、自分の発表が単に他者よりも優れていたから表彰されるというものではない。まず自分の研究がその分野の研究においてある一定の水準に達していることが前提となります。その上で、研究内容に独自性や新規性が見いだされなければ評価されることはないのです。

ですからスポーツと違って、学会発表には賞に「該当作なし」とされる年もあるんです。それだけに、この一年の間に頂いた2つの優秀発表賞は、「この研究テーマで進み続けていい」と、背中を押していただいたように感じ、今後の励みになりました。

大学院での研究を通じて、町田さん自身の価値観は大きく変わったのでしょうか?

町田
選手として活動していた頃から、私はフィギュアスケートは総合芸術であるべきと考えていましたが、その一方で、競技会には勝敗というシステムがあり、それを無視することはできませんでした。

選手生活を離れてみると、世の中は勝ち負けだけでは動いていないという当たり前のことに気づきます。実社会では、他者との協調性や、事務能力、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力など、さまざまなスキルが必要となります。
ですから誤解を恐れずに言えば、競技力を磨くことはアスリートにとって本義ではありますが、その能力だけで実社会を生き抜いていくことは難しい。アスリートが競技者人生の大半を費やして磨き上げるスキル(競技力)と、実社会で求められるスキルとの間に見られる齟齬(そご)が、アスリートのセカンドキャリア問題を難しくする最大の要因だと、私は考えています。

では、逆に競技の中で得たものが、研究に与えているメリットもあるのでしょうか?

町田
それこそが、「信念を曲げない」というマインドだと思いますね。アスリートの生活には、いいことばかりではなく、怪我をしたり、能力が伸び悩む時期があったり、挫折を経験したり…と、つらいことも数多く起こる。自分自身を振り返っても、競技人生の99%はつらいことばかりでした。

アスリートは、血のにじむような努力をし、苦難を経験しながらも頑張り続けるという強靭な忍耐力や信念を持っている。そして、そういった芯の強さは学術研究でも不可欠です。研究者も、なかなか目に見える形で世の中から認められず、信念や信条を強く保てなければすぐに挫折してしまいます。99%の苦難の先にある1%の光を信じる精神を、私はアスリートとしてのキャリアから学びました。
フィギュアの本質は競技力のみならず鑑賞されることを意図した身体運動

スポーツ科学部には、現役選手として入学する学生も数多くいる一方で、スポーツ選手としての道を諦めて入学する学生も少なくありません。そんな学生が、負い目を感じずに研究に打ち込むためには、どのような気持ちが必要でしょうか?

町田
まず、スポーツという世界は、アスリートだけが形成しているものではなく、社会という大きな枠組みの中で成立しているということを知ってほしいと思います。行政機関としては、2015年にスポーツ庁が設置され、スポーツに関する政策を立案していますが、そのためにはスポーツマネジメントやスポーツ法学、スポーツ政策学などの学問による下支えが必要になってきます。
また、とりわけオリンピックやワールドカップなどのメガスポーツイベントは、スポーツを産業化させ、経済と密に結び付いているものですから、経済学、商業学的観点はどうしても不可欠です。それから選手の競技力を高めるためには、コーチング学領域において集積された指導理論や心理学によるメンタル面でのサポート、バイオメカニクス(人間の身体運動に関する科学的研究)、栄養学などの知見も極めて重要となります。

平昌オリンピックで活躍したスピードスケート金メダリストの小平奈緒選手やノルディックスキー複合で銀メダルを獲得した渡部暁斗選手(2011年スポーツ科学部卒)は、バイオメカニクスの知見を生かして結果を残していると聞いたことがあります。

このように選手として活動すること以外にも、さまざまなアプローチを通じてスポーツという文化の醸成に寄与することができるのです。スポーツ界において「アスリートだけが主役である」という考えは、もう古いのかもしれません。つまり「スポーツを支える」人材無しに、スポーツ界は存在しないのです。

表舞台で活躍しているアスリートのみならず、行政、科学、経済学などあらゆる側面から「スポーツ」がつくられている、と。

町田
そうです。そして、そんな視点は、現役の選手にとっても大切です。アスリートとしてのキャリアは、遅かれ早かれいずれ終わります。スポーツ科学を勉強し、スポーツ文化の広がりを知ることによって、引退後に広がるさまざまなセカンドキャリアの可能性に気づくことができるんです。

実は私自身、引退の2年ほど前から研究者としてのセカンドキャリアを見据えることによって、むしろ自信を持ってアスリートとして競技に打ち込めた。だからこそ、現役最後の年にはソチオリンピック5位入賞、世界選手権銀メダル獲得といった好成績を残すこともできたと思っています。

セカンドキャリアが定まることによって、集中して競技に打ち込むことができるようになるんですね。そんな考えは、スポーツに携わらない学生にとっても同じでしょうか?

町田
同じだと思います。大学での学びを通じて、大学卒業後のキャリアの進め方に気づくことができるし、それに気づくことが大学で学ぶ一つの意義だと感じます。自分にとって、理想のキャリアとは何なのか? それに気づくためには、さまざまなものに視野を広げ、勉強をすることが欠かせないんです。

町田さん自身、研究を積み重ねることによって、将来的にはどのような形でスポーツに貢献していきたいと考えていますか?

町田
今のところ、研究した成果をコーチングや競技会の運営者として直接サポートすることは考えていません。それよりも、フィギュアスケートや他の「アーティスティック・スポーツ(※)」の50年後、100年後を見据えて、責任のある提言をするための研究をしていきたい。そして、そんな提言をしていくためには、「アーティスティック・スポーツ」の本質を捉えなければならないと考えています。

※フィギュアスケートや新体操、アーティスティックスイミング(旧称シンクロナイズドスイミング)など、音楽を伴う採点スポーツを町田さんが新たに呼称し、定義した言葉

その「本質」とは?

町田
「アーティスティック・スポーツ」の大きな魅力は、人間の身体運動におけるアスレチックな面とアーティスティックな面との融合です。ジャンプやスピン、回転数を競うだけであれば、音楽、振付、衣装といった要素は必要ないですよね。そもそも、「アーティスティック・スポーツ」の根本には舞踊文化の介在が認められ、ダンスとしての側面が不可欠です。
ジャクソン・ヘインズ(1840~1875年)
フィギュアスケートは、それまで氷上で同じ図形(フィギュア)をなぞっていたスケートに、ジャクソン・ヘインズという男性バレエマスターが踊りを導入したことで進化してきましたし、アーティスティックスイミング(旧称シンクロナイズドスイミング)も、もともとは「アクアティックバレエ」という名前の興行に端を発しています。

それらは競技力を競うためではなく、元は鑑賞されることを意図した身体運動文化だったんです。そういった本質を踏まえながら、次世代に「アーティスティック・スポーツ」の真の魅力とその発展を支える基盤を継承していけるような研究に取り組んでいきたいと考えています。
「アスリートの体感覚を言語化する」解説は研究の延長線上にある

町田さんは現在、研究者としてだけではなく、プロスケーターとしても活躍しています。選手として活躍することと、プロとして活躍することは、どのように異なるのでしょうか?

町田
プロスケーターは、選手以上に責任が発生する仕事だと思います。プロスケートの世界では、自分の演技に対してお金を払ってくださるお客さんがいる。文字通り「プロフェッショナル」としての仕事が要求されます。ですから、魅力的で見応えのあるパフォーマンスを提供しなければならないという責任があるんです。

私自身、振付家兼実演家として、これまで計7作品に振り付けを行い、実演してきました。幸いにもこうした作品作りのための制作陣にも恵まれ、彼らとの対話によって、納得のいく作品を制作できています。フィギュアスケート界において、従来考えられてこなかったような新機軸を盛り込んでおり、私たちが自信を持って世に公表してきたものです。

周囲を見渡せば、当然のことながら世の中にはアイスショー以外にもさまざまなエンターテインメントがあふれかえっていますよね。それらすべてのエンターテインメントをライバルとして活動していかなければならない。その意味では、選手時代以上にシビアな世界なのです。
「継ぐ者」2015年シーズンプログラム。引退後初めてプロスケーターとして制作した作品。シューベルトの音楽(「即興曲」作品90-3)と共に、人間が「受け継ぎ」「受け渡す」存在であることを独自に思考した内容。6分間という異例の長時間に、6種類8本のジャンプを織り込んだテクニックも見せた(プリンスアイスワールド横浜公演2015)

他の選手がライバルだった環境から、他のエンターテインメントをライバルとする環境になったんですね。では、解説の仕事についてはいかがでしょうか? 平昌オリンピックでは、解説者としてフィギュアスケートの魅力を視聴者に伝えていました。

町田
解説をするにあたっては、アスリートの「体感覚」を伝えることを心掛けています。アスリートは、理屈ではなく体感覚でパフォーマンスをするものです。そんなアスリートの感覚を言語化することが、解説という仕事に課せられた一つの重要な役割だと思っています。

一方で、フィギュアスケートに限らず、アーティスティック・スポーツの魅力は勝敗が全てではないこと。プログラムの魅力や選手の長所、かけがえのない個性といった部分を一般の人にも分かりやすい言葉で伝えることも解説の意義だと考えています。

「言葉にならない」ようなアスリートの体感覚を分かりやすく伝えることはとても難しいと思いますが、どのようにその言語化能力を身に付けたのでしょうか?

町田
私自身、現役時代から意識的に言語化することを心掛けていました。なぜなら、言語化することによって、競技力が飛躍的に向上するからです。無意識的に感じている体感覚を言語に留めておくことによって、スランプに陥った時にもう一度「こういう感覚だったんだ」と確認することができるんです。
また言語化することによって、表現の説得力も向上するんです。ふと片手を差し伸べるポーズをただ漠然と「悲しいポーズ」と言語化するのではなく、例えば「悲しみのうちにあっても、次に進もうとする者の矜持(きょうじ)」の姿なのだと、自分のために言語化してみるんです。その感情の裏にある物語や背景までをも、言語によって繊細に考えることで、表現がガラッと変わるんです。このように、身体運動を言語化することは、さまざまなメリットを生み出します。私自身、解説の仕事は、スポーツを言語化するという意味で、研究の延長として捉えているんです。

では最後に、早稲田大学や大学院に入学した学生たちに向けてアドバイスをお願いします。

町田
大学においてさまざまな学問に触れ勉強をすることは、自分自身と向き合い、また自分自身を構築することにつながっていくと思います。そうした中で卒業(修了)以後の選択肢というのは必ずや広がっていくのではと思います。もちろん、共に学ぶ仲間との交流も楽しみながら、貴重な大学生活を謳歌してほしいですね。早稲田大学には、それを叶える土壌が豊かに広がっています。

また、元アスリートとして現役アスリートの学生にアドバイスを送るならば、「学ぶ」ということで、どんなスポーツでも間違いなく競技力は向上していきます。体を動かし、筋力トレーニングを積み重ねるだけがトレーニングではありません。大学で最先端の学問に触れ、知見を深めることで、自分のパフォーマンスを客観的に分析・言語化し、相対化することで、競技力も必然的に磨かれていくことになるはずです。私はそれを、競技者を引退し次の人生に進んだ今だからこそ、心からそう思っています。
プロフィール
町田 樹(まちだ・たつき)
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程2年。1990年神奈川県生まれ。関西大学文学部卒業。2006年全日本ジュニア選手権で優勝。シニアへ転向後、2012年にグランプリシリーズで初優勝を果たし、通算4勝。2014年2月の冬季ソチオリンピックでは、団体戦でフリーに出場し5位入賞に貢献、また個人でも5位入賞。同年3月の世界選手権では羽生結弦選手に0.33点差で銀メダルを獲得。リンク上での情感あふれる表現力に加え、独特の世界観を持つことから、“氷上の哲学者”とも呼ばれた。2014年12月の全日本選手権を最後に競技活動を引退。現在は大学院生として研究に励む。専門はスポーツマネジメント、スポーツ文化論、文化経済学、身体芸術論。2017年度、日本体育・スポーツ経営学会最優秀発表賞、文化経済学会〈日本〉優秀発表賞受賞。慶應義塾大学・法政大学非常勤講師(2018年度より)、プロフィギュアスケーター、振付家、解説者としても活躍する。
取材・文:萩原 雄太(はぎわら・ゆうた)
1983年生まれ、かもめマシーン主宰。演出家・劇作家・フリーライター。早稲田大学在学中より演劇活動を開始。愛知県文化振興事業団が主催する『第13回AAF戯曲賞』、『利賀演劇人コンクール2016』優秀演出家賞、『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。かもめマシーンの作品のほか、手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはパフォーマーとして出演。
撮影:加藤 甫
編集:Camp 横田大
取材・撮影協力:早稲田大学坪内博士記念演劇博物館( http://www.waseda.jp/enpaku/


公式アカウントで最新情報をチェック!
Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/weekly/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる