Waseda Weekly早稲田ウィークリー

特集

Why WASEDA?~美麗島(台湾)からやってきた留学生たち~

 

ヨーロッパからやってきた船の乗組員が「麗しの島」と呼んだことから「美麗島(フォルモサ)」と呼ばれるようになった台湾、現在のランドマーク的存在の台北101 (写真:何承翰)

中長期計画「Waseda Vision 150」において2032年に1万人の留学生受け入れを目標に掲げる早稲田大学。現在5,084人(2015年11 月現在)と日本最多の留学生を受け入れる中、国・地域別では中国、韓国に続き3 位ながらも右肩上がりで増え続ける台湾からの留学生。他国に比べ、なぜ台湾からの留学生数は急速に増えているのか。そのカギは台湾国内の状況に加え、在学生も巻き込んだ熱心なリクルーティング活動にありました。新入生、在学生へのインタビューを通じて、彼らがなぜ早稲田を選び、どんな生活をキャンパスで送っているのかを紹介します。

台湾からの留学生数は右肩上がりで増加、391人(2015年11月現在)の台湾からの留学生がキャンパスで学んでいます ※データ出典:早稲田大学留学センター「外国人学生在籍数」2009年~2015年

 

新入生インタビュー

7月下旬、台湾第二の都市、高雄。毎年この時期に高雄で開催される留学フェア「JASSO日本留学展」の会場で、まだ入学前にも関わらず早稲田大学のブースで台湾の高校生たちに早稲田の魅力を語っていた黄さんに、今の心境を聞きました。また、台湾で実際にどんなリクルーティング活動が行われているのかも聞きました。

「これからどんな生活が待っているのか、たくさんの期待に胸いっぱいです」
国際教養学部 1年(2016年9月入学)
高雄市立高雄女子高級中学出身
黄 湞淯(フゥァン・ヂォンユー)
――なぜ日本に留学しようと思ったのですか?

高校に入った時から、大学進学時には台湾を離れて留学したいと思っていました。日本は地理的にも文化的にも台湾に非常に近く、小さな頃から親近感を持っていました。また、生活環境も整っていて、アジアを代表するビジネスの中心地である東京で生活してさまざまなことを学びたいと思い、日本への留学を決めました。

――なぜ早稲田大学に入学しようと思ったのですか?

高校に毎年のように早稲田大学のスタッフと台湾から留学している先輩の早大生が説明に来ていました。その説明会に参加する中で台湾の大学にはない早稲田のユニークなカリキュラムなどに興味を持つようになり、資料を持ち帰って自宅で熟読するようになりました。Webサイトでさらに情報を調べたり、早稲田で学ぶ高校の先輩に話を聞く中でどんどん早稲田に興味を持つようになり、早稲田に入りたいと強く思うようになりました。先輩には授業の様子や日本での生活について、たくさん質問をしました。

――今日はこの会場でどんな話を高校生にしていたのですか?

今日はボランティアとして、高校生たちに私の感じる早稲田の魅力を、先輩の話やこれまで自分で調べて知っていることを交えて伝えました。出願に際しては台湾の大学と異なり、英語のスコアカードなどたくさんの書類をそろえる必要があって大変だったので、自分の経験を基に説明しました。

――日本での生活に不安はありませんか? 早稲田でのキャンパスライフに何を期待していますか?

早稲田にはたくさんの留学生がいるので、日本人だけじゃなく、他の国からの留学生ともたくさん友達になり、異なるいろいろな考え方に触れたいです。ちょっとだけ心配なのは日本語です。でも、これから日本に行くまでに頑張って勉強します。また8月には新入生対象のオリエンテーション(※)を先輩たちが台北で開催してくれるので、そこで説明を聞いてから準備に着手したいと思っています。
日本では、時間があればアルバイトもしてみたいですね。アルバイトを通して、日本語や日本の文化、習慣を学ぶことができたらいいなと思っています。全ての新しいことが私にとってきっと新鮮で、刺激的に感じると思うと今からわくわくしています。確かに言葉の部分など不安な部分もありますが、それを大きく上回るぐらい期待に胸を膨らませています。

(※)新入生対象のオリエンテーション

毎年8月上旬に、早稲田大学台北国際交流センターにて秋に入学する台湾の新入生を対象に、先輩たちがオリエンテーションを実施しています。来日までの準備から始まり、来日後の携帯電話の契約や銀行口座の開設など日本で生活するために必要な情報、学部ごとの科目履修アドバイスなどが行われます。今年も8月8日に開催され、50人近い新入生が集まり、先輩たちの話を熱心に聞いていました。

在学生インタビュー

実際に台湾からの留学生は早稲田でどんな学生生活を送っているのでしょうか? 台湾トップの名門校、建国高校出身の2人の学生に話を聞きました。

「台湾に帰りたくなったこともあったけど、早稲田での生活は台湾での生活よりもフィットしています」
基幹理工学部 2年(2015年9月入学)
台北市立建国高級中学出身
王 志豪(ワン・チーハオ)
――なぜ早稲田大学に入学しようと思ったのですか?

日本のアニメや漫画に興味があり中学生の頃から日本語の勉強をしていました。でも日本語で授業を受けるレベルには達していなかったので、英語で学べるプログラムのある早稲田大学を選びました。日本の大学に進学を目指す場合には通常、日本語学校に通い日本語を勉強してからになりますが、時間がかかります。でも早稲田の提供する英語学位プログラムであれば、高校卒業後そのまま入学することができるので非常に魅力的に感じました。早稲田大学の説明会に参加したり、資料やWebサイトを読んで理解を深めていきました。

――今はどんなキャンパスライフを送っていますか?

基幹理工学部は、たくさんの授業とレポートが課されるので勉強が大変です。でもサークル活動やアルバイトにも挑戦しました。公認サークル「早稲田大学理工英語会(以下、WRESS)」に所属しています。WRESSでは、得意の英語でいろいろなことを議論しています。また、早稲田に来てからたくさんの友達ができました。来日当初は、WISH(中野国際学生寮)でできた日本人の友達に手続きなどを助けてもらいました。授業では他国からの留学生と一緒に議論したり、課題を行ったりしています。

――日本での生活で一番大変だったことは何ですか?

病気になったときには台湾に帰りたくなりました。病院では自分の病状を説明したり、ドクターからの説明を理解するのに苦労しました。また、台湾だったら家族がサポートしてくれるのに日本では周囲にサポートしてくれる人がいないので心細かったですね。でも、その経験を経て日本語も上達しましたし、精神的にも成長できた気がします。

――これからの展望を教えてください

まずはしっかり勉強していい成績をキープすること。そしてチャンスがあれば交換留学にも行きたいと思っています。将来はITに関する知識を早稲田でしっかり学んで、3カ国語(日本語、英語、中国語)を使って活躍できる国際的な企業で働きたいと思っています。

「自分が成長できる環境が早稲田にはある」
先進理工学部 3年(2014年9月入学)
台北市立建国高級中学出身
何 承翰(カ・ショウカン)
――なぜ早稲田大学に入学しようと思ったのですか?

日本の生活スタイルや文化、食べ物が好きだったので日本への留学には興味がありました。また理系だったので日本の最先端のテクノロジーを学びたいとも思っていたんです。そんな中で早稲田の先生とスタッフが毎年高校に説明に来て興味を持つようになり、早稲田大学についてWebで調べ、資料を読む中で、「早稲田なら自分が成長できる環境がある」と思うようになりました。早稲田は日本で最も国際的な大学で、台湾でも有名な大学です。そんな大学に自分が入学することができ本当に光栄だと思っています。

――日本ではどんな生活を送っていますか?

来日当初は日本語が分からなくて苦労することもありました。

カメラを片手に日本各地へ旅行

公認サークルの「写真部」に入部してからは日本語をたくさん話すようになり、上手になってきました。おかげで来日して1年で日本語能力試験(JLPT)の最上位であるN1級に合格することもできました。写真部ではいろいろな場所に撮影に出掛けています。また旅行も好きで、日本のあちこちにカメラを持って旅行しています。人と四季によって景色が全く異なる京都や北海道が好きです。食事はもともと日本食が好きだったので、ラーメンや回転ずしにはよく行きます。特にラーメンが好きです。台湾にも麺料理はありますが、日本のラーメンとは全く異なります。早稲田の周りにはたくさんのラーメン店があり、タイプの異なるお店に行きましたが、特に鶏パイタンと油そばが好きです。「台湾留日東京同学会(東京に留学している台湾人留学生の集まり)」に所属していて他大学の台湾人留学生とも知り合いになり、いろいろな活動をしています。この間はメンバー70人で花火を見に行きました。

 

【早稲田大学における台湾留学生の歴史】
グローバルエデュケーションセンターにて開講している「台湾研究」を担当される江正殷先生は、ご自身も30年近く前に台湾からの留学生として早稲田で学ばれた大先輩。そんな江先生に今回、早稲田大学における台湾留学生の歴史について寄稿いただきました。

「知られざる台湾人学生達の青春」
江 正殷(国際部 東アジア部門長)

ある晴れた夏の日の昼下がり、カウンター席に座り、アイスコーヒーを頼みました。早大生であればなじみ深いこの「高田牧舎」は、実は今から90年以上前、台湾人学生および早稲田大学の支援者たちが、帝国議会に対して台湾議会設置運動を求めるため、熱い議論を交えた舞台だったのです。静かな店内を見渡しながら、当時の台湾人学生たちに思いを巡らせると何とも言えない思いで胸が満たされました。

『KANO 1931海の向こうの甲子園』 (C)果子電影

昭和期に入り、本学で学ぶ台湾人学生の数は増加し、数多くの著名人を輩出しました。例えば、2014年台湾で公開され、大ヒットを記録した『KANO(邦題:KANO 1931海の向こうの甲子園)』の中で、台南州立嘉義農林学校のエースで4番、さらに主将を務めた呉明捷(ゴ・メイショウ)は、後に本学へ入学し、1936年には東京六大学野球で当時の通算ホームラン数のタイ記録となる7本を記録しました。この記録は後に長嶋茂雄に破られるまで続きました。また、戦後台湾野球の礎を築き、「台湾野球の父」と称される謝國城(シャ・コクジョウ)や、昭和初期の早稲田ラグビー黄金期を飾る名プレーヤーとして名をはせ、全日本のキャプテンを務めた柯子彰(カ・シショウ)も台湾人学生として本学で学びました。
早稲田大学は、政治や文化のみならず、スポーツなどの分野でも活躍する台湾人学生たちが青春を過ごした母校でもあるのです。

◎ 台湾はこんなところ ◎

毎年日本から200万人近い人が訪れる台湾。 日本との時差は1時間、東京から台北までは約2,100km、フライト時間は約3時間50分。 早稲田大学はダブルディグリープログラムを実施している国立台湾大学をはじめとする56の協定(箇所間協定を含む)を有し、毎年多くの学生が留学しています。 また複数ある現地の稲門会では積極的に各種活動を行っています。

 

【次回特集予告】10月10日(月)公開「創立記念日特集」

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