Waseda Weekly早稲田ウィークリー

コラム

てあとろ50’『少年は、胸が高鳴って死ぬ』と、何も残せなかったミューズ

劇中冒頭、走り続ける少年(左)の背景に表示される劇のタイトル

『少年は、胸が高鳴って死ぬ』のポスター。主宰:髙濵一輝、脚本・演出:森平周

2018年5月11日〜2018年5月13日の3日間にわたり、早稲田大学戸山キャンパスの学生会館で行われた公認サークル「劇団てあとろ50’」の創立45周年記念公演『少年は、胸が高鳴って死ぬ』。遊びだろうと勉強だろうと、走って走って走り続けることに生きがいを感じている少年と、走り出せない少女らを描いた同公演について、早稲田ウィークリーレポーターの髙田直樹さん(人間科学部3年)がお伝えします。

自分探しの失敗

早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ)
人間科学部 3年 髙田 直樹(たかだ・なおき)

2018年4月よりSJC学生スタッフ。神奈川県出身。詩作に没頭するのが趣味。政治サークルと演劇サークルに所属。目下の目標は、地道に企画力を付けること。

普段、決して精力的とは言いにくい学生生活を送っている私ですが、5月半ばのある休日の80分少々を、チラシの裏に劇団ラッパ屋の鈴木聡氏、キャラメルボックスの成井豊氏、小説家の角田光代氏ら錚々(そうそう)たる早稲田のOB・OGから創立45周年を祝福するメッセージが寄せられるような「てあとろ50’」という歴史ある劇団の観劇で過ごしました。観劇した理由は、『少年は、胸が高鳴って死ぬ』という魅力的なタイトルと、センスの高いポスターにありました。

「胸が高鳴って、そのためなら死んでもいい」というような目標を見つけられたら、人はどんなに幸福でしょうか。心の底からみんなそう思っているはずです・・・。えっ、そうでもない? 少なくとも私は大学受験では合格したときに「胸が高鳴る」ことを期待し、自分が前進することそのものを目的に、勉強に取り組んで早稲田大学に入学した節があります。

結論を先に述べれば、私はいい意味でタイトルに裏切られました。それは「自分探し」の失敗や、「人は人に救われるのか」をテーマにした演劇だったからです。不安を覚えながらも「自分以外の何者かになりたい」という欲求から、舞台上をぐるぐると実際に走り回って前に進み続けて「無敵になりたい」と願う主人公の少年。生きるための手段ではなく、目的としての職業を500以上紹介した村上龍氏の著書『13才のハローワーク』(2003年)のような「自分探し」的行為に、何かの夢が託されて語られているようでした。

少年役の俳優は劇中の大半、本当に舞台を走り続けていた

少年が高校時代に出会った女性のように「画家になる」といった明確な夢があれば、人は走り続けられそうなものです。しかし、エネルギッシュで魅力的に見えた彼女は、海外留学という選択をした後、「自分の周りにある柵」を直視したと言い残し、そのまま物語から退場していきます。少年やかつての彼女自身のように、走り続けることをやめるのです。

大学生になった少年は、周囲から「何も進んでいない、変わっていない」と指摘されたことで、胸の高鳴りを苦しみと捉えるのですが、なお高鳴りを求めることに未練を残したまま走り続け、その末に気を失って走馬灯(劇中の映像)を見ます。少年が「自分は死んだのか」と問うと、姿を現した天使は少年に告げます。今まで少年(と観客)が目の当たりにしてきたことは天使が演出した走馬灯であったことを。そして、これまでの少年の人生について「そんなに悪くない」と所見を述べます。さらに天使は「どのように感じるか」と質問すると、少年は「滑稽だな」と返しました。

「自分で自分に嘘をつかないで」

少年の「走る」という行為には何が足りなかったのか、公演では“徹底的”に述べられることがありませんでした。ただ、弱さや陰が描かれがちだった他の登場人物に対して、まるでFacebookユーザーのように苦労のそぶりを見せない「無敵」そうな天使の姿は、私にとって「少年はずっと天使がいる世界にいればいいのに」と思わせるほど、魅力的な存在でした。そこが、もはや何者にもなることができない、無目的で彼岸になぞらえられるような世界だとしても。

天使(左)と少年

少年の走馬灯を編集したことについて、天使は「いろいろと非常に苦労した。このポテチみたいな唯一の楽しみがないとやっていられない」と言い放ちます。また、死んだのかどうかを問う少年に、天使はこうも告げました。「これはどうすれば生き残れるのか、ということを示すためのものだ」と。少年はどうすれば「無敵」になれるのかを、走馬灯で示された自分自身の人生の記録映像の中に求めようとします。端的に言えば彼は「どうすれば生き残れるか」の答えを求めているのですが、天使ははっきり「走るのをやめれば生き残れる、簡単なことだ」と告げ、走るのをやめるかどうかは少年次第だと、判断を彼に投げます。そして、冒頭にある写真のシーン、つまり劇中の映像で示された文字列について、天使が手ずから少年の人生を編集した走馬灯の「内容を要約したもののタイトルだ」と打ち明けるのです。

「少年は、胸が高鳴って死ぬ」と。

ここでは、天使は自身が作った作中劇で少年に答えを示そうとし、少年が「自身を演じる作中劇の少年」に救いや答えを求めているという反転構造が起きています。このメタ的な優れた工夫により、私はこの観劇を求めた理由として「誰かが『自分探し』に成功するライフストーリーを見て満足したかった自分」を、少年の姿をかたどって突きつけられたようだと感じました。

自分の人生の走馬灯から意味を受け取ろうとする少年。そして他人の書いた作品を解釈して要約し、生きる活力をもらおうとする私。走ることをやめさえすれば、人は「無敵」なままで立ち止まれるのでしょうか? 自分の行為や人生に自分自身で価値を見いだせないような場合、誰かに見いだしてもらうことができれば、それは目標に成り得るのでしょうか? 天使の所見があれば、誰でも救われるのでしょうか?

冒頭のダンスシーン

こう考えたとき、私は『美術手帖』というWebサイトに掲載された、著名な写真家に関する話を思い浮かべました。この写真家は、自らの創作意欲を刺激するモデルの女性を「ミューズ」と呼んでいました。世界の名だたる芸術家から「You’re my hero !」と呼ばれる写真家の傍らで、被写体としては称賛される一方で、人生を拘束され、16年間という時間が過ぎ去った女性が、写真家を“告発”したのです。「ミューズ」としての日々に価値を見いだせなかったことについて「#MeToo」として語った内容から、察するに余りある感情が伝わってくる女性は「モデルとして16年やっても何も積み重ねてこれなかった。何も残らなかった。というのも、そもそもが空っぽだったからなんだ」と、自分が“走ってきた行為”を結論付けていました。そして「歪んだ場所にいると、飲み込まれて正常な判断ができなくなります。だから身体の感覚を信じて、自分で自分に嘘をつかないで」と読者に訴えるのです。

『少年は、胸が高鳴って死ぬ』の主人公もまた、ついに最後のシーンまで「走り続けることで、いつか何かに変身するであろう自分」を求めること以外に執着するべきものを見つけられませんでした。しかし、それを悪いことだと決めつけられる人は、きっとあまりいないのではないでしょうか。

世界の中の位置付けを

誰かに褒められることを生きがいにする人。社会の役に立つことを追い求める人。自分の快楽を追求する人。誰かのために生きている人。生きる意味は本当に人それぞれだと思い知らされます。しかし、他者に評価されることによって、現在や未来、過去の自分の存在意義が定義される。本人はそれを受け入れることで、自分が生きる意味を理解する。それが『少年は、胸が高鳴って死ぬ』の走馬灯という概念が非難し、あるいは肯定するメッセージだと思います。

「ちょっと待って」のポーズ

この演劇のテーマは「人は人に救われるのか」だと言いました。しかし、他人に肯定されることは救いでもあり、危うくもあるのではないでしょうか。幼いころから、私は自己紹介によくある将来の夢を答える質問にいつも苦労させられていました。しかし、それは必ずしも私が無欲だということを意味せず、いつか時が「運命」「天啓」を与えてくれるだろうと、期待していただけでした。こういう自分であるから、「あなたの幸せとは何か」といった類いの質問に、斜に構えた態度をとり続けてきました。そして今も。

しかし今回、舞台について書く機会を得て感じたことは、「自分の人生観は自分だけのもの」と言えるかもしれない、ということです。学校の先生など誰かに言われたからやるのではない、自分がやりたいんだという気持ちを持つことは、何かと出会うために走っていた少し受け身だった私を、思っていた以上に大きく変えるかもしれません。この劇は生き方について考えさせられた点で、大学の新歓期公演として非常にふさわしい内容でした。

自分の中の世界に、もし大切なものや尊重する価値のある自分が見つからないとして、変身するべき「無敵」な自分がどこか別世界にいると思えても、そこまでの道のりはとんと見当たらない場合、「前向きに生きる」というときの前はどっちなのか。「世界の中の位置付けを決めるのはあなたです」と言えるほど、私は立派に生きてなどいませんが、他人に対して自分を偽ること無く、その上で自分を大切にして生きたいと思います。

撮影:飯田奈海(@nanana_vayacy

9/14-16 劇団てあとろ50’ 45期新人試演会 こんなに大きくなりました2018

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