Waseda Weekly早稲田ウィークリー

コラム

研究や人生にも通ずる写真表現

趣味は写真と言っている。しかし、写真の師匠と思っている元同僚が事あるごとに発表する魅力的な写真の数々を、驚嘆しつつも苦虫を噛み潰すような表情で眺めていることに気付く。薄々感じてはいたが、どうやら根本的なセンスが違うようだ。写真として切り取る世界(=「表現したいもの」)が根本的に異なっているようなのである。道具や知識を言い訳にすることもできず、「奴はCGデザインの仕事もしていたし…」という言い訳が定番だ。

写真の良し悪しは撮影した本人が好きか否かで決まると思っているが、せめて「表現したいもの」が見た人にも伝わるような努力はしたいと思う。写真から、生き生きとした物語が想起されればなお良い。これまで撮影してきた写真を見返してみると、余計なものが写りこみ過ぎて結局何を表現したいのかが曖昧になっているものばかりである。若干大げさな言い方ではあるが、「何を表現するか?」「どう伝えるか?」という意識が欠如していたようである。

この体験は、指導教授や諸先輩方に繰り返し言われてきた言葉を想起させる。研究活動、さらには人生において、私が切り取ろうとしている世界(実現したい未来)はどうだろう?その世界の主人公は一目瞭然で、多くの説明無しに他人に伝わり、説得できるものだろうか? 写真の良し悪しは自分が好きか否かで決めても良いが、人生や研究となるとそれだけで良いはずもない。より良い未来に向かってピンボケな世界を切り取らないよう、時勢を捉えながらシャッターを切っていけたらと感じる。

(TO)

第1019回

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