Waseda Weekly早稲田ウィークリー

コラム

うなずかないのは

最近「コミュ障」というネットスラングを知った。「リア充」を初めて聞いたのはいつだったか。フラ語、チャイ語、マケ論。カタカナと漢字を組み合わせたスラングは学内でも日々耳にする。不快を覚える向きもあろうが、まさに日本語固有の略語だ。おそらくすべての言語は時代とともにを進めてきたし、どの国でも若者ほど短い表現を好む。簡略な表現が生まれるのは言語の必然だ。

略語が認知されるには、その意味内容を理解し反応できる多くの受信者を必要とする。「コミュ障」や「リア充」の広まりは、現代人が他者との関係のゆがみや欠落について独特の距離を取りつつ意識を強めていることの現れに違いない。「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と説くA・アドラーの心理学書が今再読されているのも無関係ではないだろう。

近年、コミュニケーション能力を採用基準の上位にあげる企業が多いが、その能力の高さは必ずしも多弁や器用さや軽やかさを意味しないはずである。不器用でも訥弁とつべんでも、きちんとした情報伝達や意思の疎通を図れる人はいる。雄弁な沈黙もある。しかし、長く教員をしてきて気になる沈黙がある。

10年ほど前からだろうか、授業中にうなずいたり首をかしげたりしない学生が増えた。講義内容を理解しているのかどうか分からない。教える側も困るが、彼らにとってこれこそ「コミュ障」だろう。コミュニケーションの完全な遮断なのだから。まずは、ほんの数センチ顎をひく、わずかに頭を傾けてみる。それだけでコミュニケーションは静かに始まるのだ。

(AS)

第966回

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