Waseda Weekly早稲田ウィークリー

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歴史小説家 火坂 雅志 夢は叶う、大変なのは叶ったあと

歴史小説家 火坂 雅志(ひさか・まさし)

NHK大河ドラマ『天地人』原作者として多忙な毎日を送る火坂雅志さん。今回のインタビューでは、高校在学時に世界史の教科書に間違いを発見した逸話や、『天地人』のドラマでは「深キョンほど淀殿らしい淀殿はいない。あのキラメキお姫様キャラにかなう者なし」との原作者ならではのコメントも飛び出した。

酒と麻雀の日々に決別!衝撃の出会い

学生のころはもっぱら昼間は麻雀。雀荘が大学の周りにごろごろありましたから、授業の合間の短い時間に、とにかく打つ。夕方になれば、安いお好み焼き屋とかでお酒を飲んで。酒と麻雀の日々です。そんな生活をぴたっとやめるきっかけになったのが”君も龍馬、信長と語り合いませんか”と書かれたポスターです。
『歴史文学ロマンの会』のメンバー募集のポスターでした。筋金入りの歴史好きだった私のアンテナが反応したんです。

早稲田に入学するまでは、歴史が生涯の生業になるなんて思ってもみなかった。父親が銀行員だったこともあって、自分も銀行員になるのかな…と商学部に進学したくらいですから。でも『歴史文学ロマンの会』と出会ってしまった。そして、このサークルで、運命の一冊とも出会ってしまった。それは司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』。この小説は、青春時代に読むと、もうたまらない。剣と青春と恋。この3つがぎゅっと詰まっているんです。ラストシーンを読んでいる時は、涙が止まらなかった…そして自分もこういう歴史小説を書きたいと思って、この道に進むことを決めたんです。『燃えよ剣』と出会わなければ、歴史小説家になっていなかった。小説家を志してからは、生活が一変しました。麻雀なんかには目もくれず、毎日、図書館にこもって明治以来の歴史小説を端から読みあさりました。本を読みたいあまり、授業もそこそこに図書館通い。無我夢中でした。

原点は図書館にあり

当時は開架ではなかったんですよ。いちいち書名を調べて、借り出す手続きをしなければならない。卒業後に開架式になって、ものすごく便利になりました。だから、プロになってからも早稲田の図書館にずいぶん通いましたよ。あれだけの蔵書数ですから、読んでも読んでも調べたくなる本が出てくる。果てがないとさえ思っていました。ところがある時、興味を持って調べる本はもうこれ以上ないことに気付きました…図書館を制覇した感じで、かなり嬉しかったですね。私の頭の中には、早稲田の図書館で調べつくしたことが詰まっているんです。だから自信の原点は、あの閉架式の図書館にあります。今は會津八一記念館になりましたが、石造りのひんやりとした階段を上がって、必死になって本をコピーをしていた自分の姿を今でも思い出せます。

20年で60冊の著書。書いても書いても売れない日々

夢を実現するために、みなさんが誤解していることがある。夢をかなえることは大変なんだろう、そうそうできるものではない、と思っている。でもこれは、誤解なんです。夢は、必ず達成できます。ちっとも大変ではない。今でもサークルの先輩と合宿に行った時に言われた言葉が忘れられません。「君は文学の道を行く。俺は政治家の道を行く。夢は思っていれば必ずかなうんだ。達成するまでの努力が辛いから、夢を自分で捨ててしまう。夢がかなわないのではない、捨てているんだ」。この言葉通り、彼は衆議院議員になり、私もプロの作家になりました。
そして、もうひとつの大きな誤解。夢を達成したら、安逸な暮らしが待っていると思っていること。本当に大変なのは夢を達成した後なんです。私の場合、一作出しても、二作出しても売れない。そんな時期が長いこと続きました。今、夢が形になってきた時だからこそ、自分に言い聞かせています。「“六分、七分の勝ち”だぞ」と。武田信玄の言葉なのですが、90%、100%の勝ちを手にしてしまうと、人間は勝利の美酒に酔い慢心し、修正点を修正することができなくなる。だから60%、70%の勝ちがいい、そしてそれを続けていくことが重要だと信玄は説いているんです。ものすごい至言だなと。この言葉は私の座右の銘です。

無駄なことはなにひとつない。早稲田での出会いが、自分の力

60冊もやっていると、モチベーションを持続させるだけでも大変です。それどころか20年やってきて、自分ではいいものを書いているなっていう自覚もあるのに、50歳をすぎたころから「もしかしたら自分はとんでもない勘違いをし続けてきたのではないか?このまま花も咲かせられずに散ってしまうのかも…」と思い始めるようになったんです。夢は必ず叶うと信じている心の傍らで、10%、20%そんなことを考える自分自身が辛かった。その気持ちと対峙しながらも、必死で書き続けているうちに、生活が天と地ほどに一転してしまうことが起こりました。突然のように流行作家になってしまったのです。忙しさに目も回る勢いでしたが、なんとか対応できている自分がいた。プロになるまで10年、それからの20年、自分自身に懐疑心を持ってしまう苦しい時期もあったからこそ、どんな状況にも対応できるようになったのではないか…。歴史のことばかり考えてきた時間は決して無駄ではなかったのだ、と確信したんです。
そして、ここにたどりつくまでの道の始点は、早稲田大学での出会いにあった。自分が求めれば求めただけのものがあるし、逆に求めなければ何の意味もないものになってしまう。必ず、自分の力につながっていく場所、それが早稲田だと私は思っています。

【プロフィール】
火坂 雅志(ひさか・まさし)
1956年新潟県生まれ。新潟県立新潟高等学校卒業。75年、本学商学部入学。80年卒業、新人物往来社に編集者として入社。88年『花月秘拳行』でデビュー。豊臣秀吉の筆頭侍医であった施薬院全宗の生涯を描いた『全宗』で吉川英治文学新人賞候補になる。第13回中山義秀文学賞を受賞した『天地人』が、2009年NHK大河ドラマ原作となった。大型時代小説のほか、明治時代に実在した新聞記者村井弦斎を主人公にした『美食探偵』(大隈重信も登場)や、京都の骨董屋主人が活躍する『骨董屋征次郎シリーズ』も人気

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