PAOS&WGD代表 早稲田大学 戦略デザイン研究所 客員教授 中西 元男(なかにし・もとお)
早大通りをはさんで大隈講堂と対峙する位置に、今春竣工された小野梓記念館。その1階に開設された、全面ガラス張りで明るくオープンな雰囲気の「ワセダギャラリー」と「インフォメーションスクエア」。この界隈ではちょっと目にしない瀟洒なスペースが気になっている人も多いのでは。
実はこの2つ、松屋、ケンウッド、ベネッセ等、百社を超える企業のCI(Corporate Identity)※ を手がけた、日本型CIのパイオニアである本学OB 中西元男氏(PAOS&WGD代表)の総合デザイン監修によるもの。また、中西さんは、昨年度からは本学戦略デザイン研究所の客員教授としても活躍されている。今回のOB・OGインタビューは、今注目の、中西さんをご紹介!
※CIとは : Corporate Identityの略。アメリカで始まった経営手法の1つ。企業イメージ統合化の意味。経営理念や方針を視覚的手段によって訴求し、より良い経営環境を形成しようという情報社会型メソッド。
早稲田の伝統と未来をつなぐ新拠点

▲ ワセダギャラリー ぜひ、ここで早稲田の歴史と今を知ろう! 《開館時間》 授業期間:月~土曜日 10:00~16:30 授業休止期間:月~金曜日 10:00~16:00 ※一斉休業期間、年末年始、祝祭日は休館。 その他、開館時間が変更される場合あり。 詳細は、広報課へ確認すること。 【TEL】03(3202)5454
「ワセダギャラリー」と「インフォメーションスクエア」は、大学から「学内外に早稲田大学の歴史と未来を発信する新たな拠点を作りたい」との依頼を受けて手がけました。場所は、大隈講堂を見渡すことのできる大学の一等地。そこにふさわしい象徴的な空間にしましょうと提案をしました。大学との話し合いの結果、早稲田の歴史と今をダイジェスト版で知ることのできるギャラリーと、来訪者への一次情報提供の機能を持つインフォメーションスポットを作ることに決まったのです。また、どちらも周りの窓際にベンチを配して、来訪者がじっくり早稲田を味わったり語り合うことができる空間としました。
デザイン的には、まず大学のイメージカラーを重視しています。ベンチの材質も規格品ですが、これをはじめとして、百年を超える早稲田の歴史を象徴するにふさわしい色調でコーディネートできたと感じています。また、全面ガラス張りとはいえ、ここはひさしが張り出しているので意外に中が見にくいんです。展示室としては天井が低く、決して広くもありません。一面を61インチの大型プラズマディスプレイとライトアップ式のパネル展示にしたのも、明るくオープンなイメージを意識してのことです。
シンボル。 組織を象徴し自己発信するその個性的な存在
この、早稲田カラーの正方形に校章を組み込んだデザインは、「ワセダギャラリー」のシンボルとして掲げました。シンボルとは組織の理念が凝縮されたもので、それによりその組織を内外に強く印象づけるという重要な役割を持つものです。ただ目立てばいいというものではないのです。この正方形は「角帽」をイメージしています。かつて、大隈重信から「世界唯一の帽子を」との依頼を受けた帽子屋さんが、三日三晩寝ないで考えたという特徴のある角帽。こういう伝統価値に新しい生命を付加して世に送り出すことが重要なんです。古臭く感じさせず現代にも通じる形にし、個性的に自己発信させていくことが必要です。
日本型CIのパイオニア。手がけた企業は百社超
もともと、私はデザイナーを志望し、デザイン学校に通いました。しかしある時、例えば「こんなデザインのものを世の中に存在させたい」と思っても、決定権は自分にはなく企業にあるということに気付いたんです。それで、良いデザインを存在させるためには、産業・文化・社会との関係を踏まえた勉強が必要と考え、総合大学である早稲田大学に進学しました。早稲田では「デザイン研究会」に所属し、仲間と「早稲田大学デザイン学部の設置試案」を提案しました。この構想は、実現こそしませんでしたが、当時、雑誌に取り上げられるなどして、大いに評判となったものです。
卒業後、実社会において、この「産業・文化・社会とデザインとの融合」という仮説を実証しようと、当時の後輩たちと始めたのがPAOSの前身です。よく「起業されたのですね」と言われますが、そのような意識で始めたものではなく使命感ですね。PAOSとは、“Progressive Artists Open System”の略で、「進歩的・創造的にして組織的に最適解を提供する」という当時の私たちの哲学を表しています。
おかげさまで、以来30年以上にわたり、PAOSは多くのクライアントに恵まれてきました。マークやロゴなど視覚的要素の統一により企業イメージの構築を図る企業、時代の変化に立ち遅れて存立基盤を見失っている企業、新たな事業領域策定にCIの可能性を求めた企業など、これまで「デザインという切り札を持つ経営コンサルタント」として百社を超える企業とお付き合いさせていただきました。経営戦略との結びつきが強いため、日本型CIと称されています。

PAOSがCIを手がけた企業の数々 (C)PAOS
CIに重要なのは社史!
私は、「目に見えないデザインと見えるデザインがある」とよく言っています。目に見えるデザインとは、ロゴなど実際に視認できるデザインのことで、こちらは分かりやすい。でも重要なのは、目に見えない、デザインを機能させるためのコンセプトや目標、すなわち戦略です。戦略があって初めてデザインが意味を持ち、力を発揮します。ここを十分に構築することが何より重要です。その原点は歴史に秘められています。社史とは、最も多く作られ、最も読まれない本と言われていますが(笑)。会社の歴史を克明に綴った社史には、その会社の存在意義や可能性が隠されています。その資産をもとに次代に生きる戦略を立てていくのです。そういう意味で、丹念な記録である社史は非常に重要です。
西新宿の移り変わりを定点撮影し続けて35年
記録という意味では、35年間、西新宿の一定の場所から同じアングルで写真を撮り続けるという活動もしてきました。
このプロジェクトを始めた1969年は、翌年に大阪万博を控えた、高度経済成長のまっただ中。世の中が夢と希望に満ち溢れていた時代です。しかし一方、大学紛争は泥沼化し、暗い部分を秘めた混迷の時代でした。この時代を日本の変革点として記録にとどめようと最も変化していく場所として、当時再開発計画のあった西新宿を定点撮影の候補地に選んだのです。以来35年、約3万カットに上る記録を残しました。淀橋浄水場跡地の何もない空間から、1971年の京王プラザホテルに始まり、超高層ビルの林立へと、高度経済成長期からバブル経済崩壊後までの貴重な記録となりました。
長期にわたる記録は大変重要です。ここから、過去を検証することができます。全体としての都市計画があったわけではなく、個々のビルが好き放題にできあがっていったことがよく分かります。今は、隣のビルに行くのもビル風や回り道で大変な状態ですよね。ユニバーサルデザインなんて考え方もなかったことも分かる。これからの都市づくりにおいて、ソフトはいかにあるべきかという課題を突きつけてくれます。
デザイン戦略を理解し実践できる人材養成をぜひ早稲田で
昨年、早稲田大学戦略デザイン研究所が生まれ客員教授となりました。ここは、企業、行政、ひいては国家等の経営に、政策・方針から表現、社会的・文化的価値までの広い意味を持つ「デザイン」を戦略的に導入・活用し、魅力ある経営体や社会を創出できる人材育成プログラムを目指した準備組織です。
20世紀は、経済成長が文化を牽引する時代でした。この時代のわが国は、範となる先行事例を常に海外に求め、それを改良改善することで発展していく図式でした。その結果、日本は経済的に目覚ましい発展を遂げはしましたが、オリジナリティーの少ない「金はあるけど尊敬されない国」という存在になってしまったのです。遡って、江戸時代に、庶民文化の代表である浮世絵が影響を与え、それが西洋近代絵画の始まりである印象派に発展していったことと考え合わせると、大変残念なことです。
今後、日本が尊敬に値する文化大国となるには、知的・美的な価値創造の国に生まれ変わる必要があるでしょう。これまでとは逆に、文化成長が経済成長を牽引する形です。それには、創造行為そのものである「デザイン」的アプローチは有効な手段と考えます。
私は、この研究所で、世界の優れた経営・デザイン成果に関する資料のアーカイブス作成はもとより、「デザイン」の価値を分かり、活用できる政治家・経営者・行政担当者・教育者などを育成するカリキュラムを提案しようと考えています。
翻るとこのことは、私が早稲田大学在学中に提案した学部構想につながるものであり、42年の歳月を経て具現化の機会を与えられたとも言えるこの企画に胸躍らせてもいるのです。
【プロフィール】
中西 元男(なかにし・もとお)
神戸市生まれ。桑沢デザイン研究所を経て、1964年本学第一文学部美術専修卒業、同大学院文学研究科修士課程中退。1968年株式会社PAOS設立。約100社のCIを手がけ、多くのサクセスストーリーと代表事例を世に送り出す。1998年㈱中西元男事務所を設立し、講演・執筆等、個人活動も推進。2000年㈱ワールド・グッドデザイン(WGD)設立。2004年4月 早稲田大学客員教授。
『DECOMAS-経営戦略としてのデザイン統合』(三省堂)、『企業とデザインシステム全13巻』(産業能率大学出版部)、『個業化の時代』(徳間書店)、他著書多数。
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