Waseda Weekly早稲田ウィークリー

キャリアコンパス

歌手 クミコ 片道の人生をジタバタしよう!

■クミコ  1954年水戸市生まれ。教育学部を卒業後、78年、日本代表として「世界歌謡祭」に参加。その後シャンソン喫茶「銀巴里」や渋谷「ジァンジァン」等を中心にプロとして活動を始める。離婚や相次ぐ活動拠点の閉鎖などを経験するものの、作詞家松本隆氏の目にとまり、2000年再デビュー。2002年発売の「わが麗しき恋物語」(作詞:覚和歌子)が、ラジオ放送から火がつき人気が沸騰。幅広い世代から支持を受ける。03年に「愛しかないとき」発売。著書に『ヘコタレナイ』(03年、主婦と生活社)。TVでも「徹子の部屋」等に出演。好評を博している。今年7月には昭和を代表するシャンソン歌手、越路吹雪の楽曲を集めたカバーアルバムをavex io からリリース予定。 ■オフィシャルサイト 「茶目子劇場」 【URL】http://www.puerta-ds.com/kumiko/

今回のOBインタビューは、歌手のクミコさんの登場。自身の人生を「挫折と回り道の連続」と言いながらも、シャンソンをはじめ歌謡曲や世界の民謡など、幅広いジャンルの歌を日本語にこだわり歌い続けてきたクミコさんに、学生時代のこと、歌への想いなどについてうかがった。

演劇を志した学生時代に歌と出会う

もともと早稲田では演劇をやろうと思っていたんです。それで入学後、劇団があるという六号館の上を訪ねたんですけど、まずそこで見かけたのは、上半身裸でタバコを吸っている女の人。当時、私の中で演劇といえば「森は生きている」のような新劇だったのに、時代は裸で平気で芝居をやるようなアングラに変化していて。その頃はお嬢さんみたいに育っていたものですから、そんな光景は全然許容範囲じゃなかった(笑)。それで一旦あきらめかけたんですが、やはり演劇をやりたくて、「木霊(こだま)」という、はぐれた感じのする劇団で不条理劇などをやっていたんですよ。
でも、ある芝居で劇中歌を歌った時に、「生きている」という感じがしたんです。「これがものを表現していく原動力なのかなあ」って。体も心も熱くなるし、うれしいし、楽しいし。こっちの方が向いていると思って、後先考えず劇団を辞めちゃったんですよ。
それで、当時創刊された『ぴあ』で見つけて、シャンソンとカンツォーネを週1回ずつ交互に教える教室に通ったの。初回のカンツォーネの時、そこでも背中を電気が走るような衝撃があった。「音楽ってスゴーイ」って(笑)。理屈ではなく体が反応してしまって、感動で涙が止まらない。それで音楽の道に進もうと決めたんです。

夢をパンにして歌の世界に飛び込む

それでも、歌の教室を辞めてしまってからは、ボーっとするだけで、そのまま卒業間際になっちゃった。就職する気はなかったし、当時の就職課も知らなくて。音楽をやりたいけれど、どうすれば良いのか分からなくて、もうダメだなあって思う人生浪人のような毎日でしたね。
そんな悶々とした時期に、銅像の前で偶然会った友人がバンドのボーカルをやっていて、私もピアノで参加することになったんです。あの銅像誰でしたっけ? あっ、大隈重信さんだ!! 大隈さんのおかげかしら(笑)。でも、ひどいことにその子はすぐに辞めちゃって、急遽私がボーカルに。
オーディションを受けたらトントンと進んで、世界歌謡祭に出場したんですが、あえなく予選落ち。バンドの士気は下がって解散したんですけど、ギターを弾いていた男と私の二人はあきらめきれなかった。二人で仕切り直して、一発逆転の日が来るのを待とうと話し合って、その後離婚することにはなってしまうんですが、結婚をしたんです。
当時は夢をパンにして生活していましたね。二人三脚のパン食い競争のような生活。収入もないので、私はピアノの弾き語り、彼はレコード屋さんのアルバイトで口に糊しながら、彼が書いた曲を私が歌って食べていくことを目指していたんです。たとえ、その道のりが悪路だとしても、そのパンは一生懸命走れば必ず食べられるって。
それで、シャンソン喫茶の「銀巴里」のオーディションを受けたんですけど、その時はシャンソンへの思いも歌った経験も皆無に近い状態。昔通った教室では、シャンソンは二回目から出なかったんですよ。泣くように歌う先生にゾーっとして、自分はシャンソンに向いていないって決め付けちゃったものですから(笑)。
とにかく、オーディションでは夫のオリジナル曲を歌ったら、なんと受かってしまった。歌う場所を確保できて嬉しいわけなんですけど、一日に五、六ステージ歌って、当時のお給料で千円ちょっと。茶封筒の中で転がる硬貨の音に人生の厳しさを知りましたね。  銀巴里では、私はまさに門前の小僧状態。でも、周囲の先輩の歌を聞いていると、歌は私の思っていた以上にずっと奥が深いことが分かってきたんです。それまで避けていたシャンソンは、本当に深い言葉を歌っているんだなって。
当時から私は、希望やある種の人間讃歌などを日本語の言葉を大切にして歌いたいと思っていたので、まさにシャンソンはそういう音楽じゃないかって、ようやく向き合うことができたんです。

どんな道も自分の一生をかけるしかない

私は子供の頃から、父に自分の好きなことをやれと言われてきたんです。一人っ子で女の子なのに、ちゃんとした企業に就職しろとか、結婚しろなんて一言も言われなかったんですよ。今思えばとても幸せでしたね。
それが後押ししてくれたのか、私は第一志望の形で音楽の道を進まなければ、やっている意味がないと考えていたんです。ゼロか百しかないって、ある意味、音楽や歌にひたむきだったんですよね。例えば、歌いたいと思う歌以外に営業用に歌のレパートリーを増やすとか、ひらひらしたドレスを着るなど、自分の形を崩すことは一切しなかったんです。
でも、そうすると当然のように、仕事としての需要はどんどんなくなっちゃった。お客さんがお店に一人しかいなくて、寂しさをごまかすためにお店の人を交えてゲームをした夜もあります。自分の歌は誰にも必要とされてない、ゼロなのに、なぜそれでも歌を歌おうとするんだろうって、へこたれることが何度もありましたよ。
歌で食べていくことができず、情熱も冷めてしまって、歌をやめようとした時期もあるんです。歌のようにエネルギーを傾けられる他の道があるんじゃないのかって、バーのママをしてみるなど、悩みながら模索していましたよ。
それでも歌の世界に戻ってきた。結局、どんな商売も一生かけないとダメなんですよ。水商売でもシナリオライターでも歌の世界でも、少しかじれば先の道のりがとても長いことが分かります。進んでいくには自分の一生をかけるしかない。
自分の来た道を振り返ると、やはり歌しかない。一から他の道をなんて、大それたことを考えている場合じゃない。そんな失礼なことはとても言えない。
大学時代の友人にも、フリーターをしながら自分の夢を第一志望の形で成し遂げようと、今でもパン食い競争している人はたくさんいるんです。その人たちはもうダメかっていうと、そんなことはないと思うし、たとえあきらめて企業に就職したとしても、それがその人にとって幸せかどうかなんて、誰にも分からないじゃないですか。だから、人生は本当に難しいですよね。

命の大切さや人間の尊厳を形にするためだけに歌はある!

私の場合、自分が一番生きていると感じられる瞬間、場所を得られるのは、やはり歌でした。歌っている時は、自分にとってダイヤモンドのような瞬間なんです。
そういう感動は、気持ちが離れてしまうとなかなか感じられないんですが、必ず思い出す。それもつらい時に思い出す。もしかしたらこの感動は、神様が私に「あなたには歌よ」って与えてくれたんじゃないかなって思うんです。
昔は、歌うことで自分を表現したいという自己顕示欲がありましたよ。けれど、歌い続けていくと、そういう欲求はだんだんとなくなってくるんです。
生きていくなんてささやかなものじゃないですか。自分の意思とは関係なく世の中は回っているし、自分がいかに小さな存在なのか分かってくる。そうすると、自分がやっているというより、神様のような大きな力が、自分をとおして人々に何かを伝えようとしているんじゃないかって思ってくるんです。歌い手はみんな、たまたまその役割をさせていただいているだけ。そうして、歌を聴いてくれた人々の心に何かが残ってくれればいいなって。音楽や音楽の神様に対して、敬虔な気持ちになるんです。私も大事だけれど、あなたも大事。歌を含めた芸能ってとどのつまり、命の大切さや人間の尊厳のような簡単だけどものすごい大事なことを、形に表すためだけにあるんじゃないかと思うんです。その意味で、私にとって歌はどんどん芸能の原点に戻っているんでしょうね。

片道の人生をジタバタしてやりつくそう!

学生の皆さんも、何が一番自分を生き生きさせるのかを考えてみて、とことん泥だらけになってやった方がいい。後悔しちゃいけない。シャンソンの「芸人達」という歌に「片道の人生」って言葉があるんですよ。人生って本当に片道なんです。だからこそ、ジダバタしてやりつくさないと。もしも、ダメだったら他のものに挑戦すればいい。格好良くやろうなんて思わないで。帰りの燃料なんて考えなくっていいんだから。ジタバタして回り道しないと見えてこないものって、絶対あるんですよ。

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