研究者の発想力が、がん研究の進展のカギとなるでしょう。
国立がん研究センター研究所 希少がん研究分野グループリーダー 大木 理恵子(おおき・りえこ)
1992 年早稲田大学教育学部卒業後、1997 年東京大学理学系研究科博士課程修了。国立がんセンター研究所・放射線研究部、細胞増殖因子研究部、腫瘍生物学分野研究員を経て、2011年より現職。理学博士。
多くのがん細胞で共通して変化が見られる、 がん抑制遺伝子「p53」。がん遺伝子治療の標的として 最も期待されており、世界中の研究者の努力によって、ここ10 年の間に235個のp53の標的遺伝子候補が見つかっている。
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私が国立がん研究センター研究所で行っているのは、がん抑制遺伝子の研究です。実は、誰の体にもがん化を促進する、がん遺伝子が存在しています。さまざまな要因でがん遺伝子が活性化されると、正常な細胞ががん化してしまい、がん化した細胞が異常に増大することで組織の機能が失われて生命がおびやかされます。一方で、p53という、細胞のがん化を抑制する遺伝子も人は持っており、私は主にこのp53の研究をしています。
p53の存在が分かったのは、今から37年前のことです。p53の機能が不全になると、細胞のがん化が促進します。機能不全となるきっかけは、例えば、肺がんであれば喫煙、皮膚がんであれば紫外線などが要因で、がん患者のおよそ半数がp53自体に異常があると言われています。しかし、p53がどのようにがんを抑制しているのかは、まだ十分に解明されていません。分かっているのは、p53が染色体のある部分に働きかけると、その周辺にある遺伝子の活動に影響を及ぼすということ。つまり、p53は、周囲の遺伝子に命令する役割を持っているのです。
p53の命令を受ける遺伝子は「p53標的遺伝子」と呼ばれています。私が博士研究員時代に発見した二つの標的遺伝子を含め、10年ほど前までは、20~ 30個の標的遺伝子しか報告されていませんでしたが、現在では100個ほどが確認されています。私も、未確認も足し加えた標的遺伝子候補として、235個を同定しています。現在は、その中から10個程度の標的遺伝子について研究を進めています。p53のがん抑制のメカニズムが解明されれば、がん治療も大きく前進することでしょう。
このような日進月歩のがん遺伝子研究に欠かせないのが、新しい研究機器の開発であり、その代表例が、次世代シーケンサー(DNA解析装置)です。1990年に開始された「ヒトゲノム計画」で、人類は初めてヒト1人の遺伝子情報を解読しました。このときは従来型のシーケンサーを使用したのですが、世界中の研究者が協力して13年かかり、何千億円という莫大(ばくだい)な資金がつぎ込まれました。対して、次世代シーケンサーでは、わずか1日程度で個人の遺伝子情報を解読することができます。さらに、そうして集めた大量のデータによって、単にDNAを読むのではない高次の情報を得られるようになりました。
ますます高齢化が進む日本社会においては、がんの早期発見・治療、そして再発防止や症状の進行を抑えることが大きな課題。これからのがん研究は、高性能化した機器の性能に頼るだけでなく、それらをどのように用いるかという研究者のクリエーティビティが求められると思います。
(『新鐘』No.82掲載記事より)