Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

イスラム圏への複眼的視点

成長し続ける市場、弛緩(しかん)していく伝統的価値観。

国際学術院 教授 桜井 啓子(さくらい・けいこ)

1959年東京生まれ。専門は地域研究(イラン)。学習院女子大学教授を経て、現職。早稲田大学イスラーム地域研究機構機構長。2001年に『現代イラン 神の国の変貌』(岩波書店)でアジア太平洋特別賞受賞。近編著に『イスラーム圏で働く暮らしとビジネスのヒント』(岩波書店)。

イスラムに対する単純化された固定観念を捨て、現実世界の複雑さを複眼的に考察することが重要ではないか。

2015年7月、イランと国連安全保障理事国(米英仏中露)とドイツを加えた6カ国は、イランが核開発を制限すれば、その見返りにイランに対する経済制裁を段階的に解除することで合意しました。以来、イラン国内は、欧米や中国・韓国のビジネスマンであふれかえっていますが、いまだにアメリカの顔色をうかがっている日本は慎重で大きな事業ができません。合意からわずか数カ月で欧米・中国・韓国に水をあけられました。優秀な研究者や潜在能力の高い学生を得るための大学間協定も、すでに競争になっています。

イランの女子大正門の様子。現在イランでは、高等教育機関における女性比率が上昇している。1999年には大学統一入試の全合格者に占める女性比率が53%と男性を凌駕した。さらに2002年には、62%を記録。

イスラム教徒は世界に約16億人いますが、若年人口比率が高く、購買欲も旺盛です。中東諸国の多くは人口の6割が30歳以下の若者で、紛争のない安全な地域もたくさんあります。1970年代の石油ブーム以降、中東諸国は教育の普及に莫大(ばくだい)な予算をつぎ込んできました。イランも例外ではありません。小学校から大学まで公立であれば授業料は無料です。高等教育進学率も急速に上昇しており、すでに日本の水準に達しています。日本との違いは、ほとんどの学部で男性よりも女性比率が高いことです。工学部や医学部でも女性比率が男性を超えていることが多々あります。

中東諸国と戦争をしたことがないにもかかわらず、多くの日本人が「イスラム=テロ」という固定観念にとらわれているのは残念です。日本は少子高齢化で、市場は縮小する一方です。これまで日本にとって中東は、石油やガスの供給地でしたが、今後は市場として、また人材供給地としても重要な地域になると思います。

イスラム圏では、男女ともに大学進学率が急増している。イランもサウジアラビアも、ともに日本の水準に近づいた。

イスラム圏では、男女ともに大学進学率が急増している。イランもサウジアラビアも、ともに日本の水準に近づいた。

一方で中東諸国は苦悩も抱えています。イランの場合、急増した高学歴層の受け皿となる産業が少ないために、若者の高失業率が問題となっています。さらに急速な都市化により、農村から都市に人口が集中し、格差も広がっています。また、都会に出てきた若者の中には、都会の文化、西洋的な文化に触れて世俗化する者もいれば、都会の文化を腐敗・逸脱として忌避し、より純粋なイスラムを求める者もいます。いずれの場合も伝統的な価値観が大きく揺らいでいるのです。女性の就学率が上がったことで伝統的家父長制も揺らぎ始めています。イスラムでは、婚姻の際に男性が女性に婚資金を支払わなければなりませんが、女性の高学歴化で婚資金が上昇し、結婚難に直面する男性が増えています。

問題意識を持った若者たちが、表現の自由や人権を求める民主化運動や、格差や腐敗の是正を訴えてイスラム的公正を追求する「イスラム運動」の担い手となりました。若者は、既存の政治や社会への異議申し立てをしているわけですが、中にはコーランを都合よく解釈して過激化に走る集団もいます。

社会の中で正当に評価されない若者が憤っているということです。日本でもかつて、オウム真理教に高学歴の若者が入信して地下鉄に猛毒サリンをまくという事件が起きました。社会で若者を正しく活用できていないという点は、日本にも共通している問題です。イスラムは、理解しがたい宗教だと思っている日本人は多いと思います。しかし、冷静に考えてみれば、イスラムが原因なのではありません。背後には、若者の失業、女性の高学歴化、男性中心主義など私たちにも共通する数々の問題があるのです。思考停止に陥ることなくさまざまな要因を冷静に分析することが求められています。

早稲田大学は中東諸国の大学・教育機関とも協定を結んでいます。2015年10月にはイランのテヘラン大学とも協定を結ぶなど、中東との交流を深めており、アラビア語、トルコ語、ペルシア語なども学ぶことができます。自分に関係ないと思っていても、就職したら、イスラム圏に転勤を命じられるといったことも起きる時代です。イスラム圏では、早大の卒業生が大勢活躍しています。日本や欧米からの視点だけでなく、中東やイスラム圏からの視点で世界を見ることができるようになれば、仕事の可能性は大きく広がります。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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