Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

次世代ジャーナリズムの担い手は誰だ

社会に変革をもたらす米調査報道の挑戦。

政治経済学術院 教授 髙橋 恭子(たかはし・きょうこ)

千葉県生まれ。コロンビア大学大学院芸術学部修士課程修了。『ビジネスウィーク』東京支局勤務、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授を経て、2003年から早稲田大学川口芸術学校教授、2011年から2014年まで同校校長。2011年より現職。専門は映像ジャーナリズム。

調査報道に特化したNPOオンラインメディアが、公益性の高いジャーナリズムを追求。社会を変える原動力となっています。

米メディア界は今、大きな転換期を迎えています。2008年に起きたリーマン・ショックにより、新聞社・テレビ局といった既存のマスメディアが経営規模の縮小を余儀なくされ、コストのかかる調査報道部門は真っ先にリストラの対象とされました。解雇されたジャーナリストたちの受け皿となったのが、同時期に次々と誕生したオンラインメディアです。

アメリカでは民主主義の下、メディアは権力を監視する「ウオッチドッグ=番犬」としての役割を求められます。既存マスメディアが弱体化したことで、民主主義の危機が叫ばれる中、調査報道に特化した非営利団体(NPO)によるオンラインメディアは、ウオッチドッグ型ジャーナリズムを継承するメディアとして注目を集め、財団や慈善事業家たちが多額の寄付を行うようになりました。2008年設立のNPO「プロパブリカ」は、潤沢な資金を基に独自の調査報道を開始し、2010年に、ハリケーン・カトリーナ災害時の病院を描いた報道で、オンラインメディアとして初めて、優れた報道に贈られるピューリッツァ賞を受賞。続く2011年にも、ウォールストリートに関する報道で受賞を果たし、一躍脚光を浴びました。

CIRが独自に持っているプラットホームはWebサイトのみだが、調査報道のハブとして、テレビや新聞、ラジオ、ポッドキャスト、Webサイト、また、演劇やポエトリー・スラム(詩の朗読競技会)など、それぞれの媒体に合ったコンテンツを提供している。1件の調査報道には平均2万ドル(約200万円)の経費がかかるが、大手メディアが経費を請け負う代わりに、記事掲載の優先権を得る場合もある。

CIRが独自に持っているプラットホームはWebサイトのみだが、調査報道のハブとして、テレビや新聞、ラジオ、ポッドキャスト、Webサイト、また、演劇やポエトリー・スラム(詩の朗読競技会)など、それぞれの媒体に合ったコンテンツを提供している。1件の調査報道には平均2万ドル(約200万円)の経費がかかるが、大手メディアが経費を請け負う代わりに、記事掲載の優先権を得る場合もある。

私が取材を続けている米調査報道センター(CIR)は、1977年創設のアメリカで最も歴史のあるNPOメディアです。CIRでは、調査結果をまとめたコンテンツを、活字・放送・インターネットなど各種媒体を通して発表する、「マルチプラットホーム」型配信を行っています。特筆すべきは、これまでにない表現方法を用いることで、社会的に大きなインパクトを与えることに成功している点です。

例えば、ニューヨーク市の拘留所で独房に収監される未成年者の実態を短編アニメーションとして描き、全米のテレビやYouTubeで配信。多くの反響からニューヨーク市は、未成年の独房勾留について法律を変える決断をしました。また、地震が頻発するカリフォルニア州では、各学校の耐震構造を分析したデータや危険度の分かるマップをWebサイト上に公開。iPhone用アプリを提供するほか、子ども向けに地震の際にとるべき行動を示したぬり絵本を無料配布しました。サンフランシスコ市内の公営住宅の劣悪な環境を告発した報道では、演劇団体とコラボレーションして、「これがわが家」という演劇公演にまで発展させました。

このように、調査報道に特化したNPOオンラインメディアは、既存マスメディアと手を組んだり、表現方法を多様化させたりしながら、市民の視点に立った公益性の高いジャーナリズムを追求し、実際に社会に変化をもたらしています。今後の課題は資金調達です。「プロパブリカ」のように多額の寄付金を得て成功しているメディアはごく一部であり、ほとんどが資金繰りに難航しているのが現状です。寄付金に頼らずに多様な収益を確保して、持続可能なビジネスモデルを確立することが早急に求められています。

一方、日本に目を向けてみると、アメリカ同様に既存マスメディアは弱体化することが予想されます。NPOを含め独立メディアは誕生していますが、ジャーナリストを助成する環境が整備されていないため、アメリカのような変革が起きることは考えにくいです。著名なジャーナリストたちが興す新しいメディアや、分野に特化した調査報道を行うメディアが注目を集めれば、新たな可能性が開けるかもしれません。そのためにも、受け手側の意識変革が必要です。多くの人がメディア・リテラシーを鍛え、本当に必要な情報を精査し、積極的にメディアと関わることが、日本のジャーナリズムを活性化させることにつながると考えます。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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