Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

自然災害と地名のつながり

土地に刻まれた名前は、過去からの大切なメッセージ。

社会科学総合学術院 教授 笹原 宏之(ささはら・ひろゆき)

1965年東京都生まれ。博士(文学)。専門は日本語学。経済産業省“JIS漢字”、法務省法制審議会“人名用漢字”、文部科学省文化審議会“常用漢字”改正に携わる。第35回金田一京助博士記念賞、早稲田大学2015年度ティーチングアワード受賞。専門は日本語学。

地名は過去の人々からの大切なメッセージ

地名はその土地の履歴書であり、過去の歴史を閉じ込めたタイムカプセルだとも考えられます。なぜなら、古(いにしえ)よりその場所に暮らしてきた人々が、土地の成り立ちやそこで起こった出来事を地名に残しているケースが少なくないからです。「地名学」という研究分野があります。地名学は、民俗学から発達したもので、土地に付けられた古い地名の語源や由来、変遷などを明らかにする学問です。その成果から人々がどのように生活していたか、何を意識して過ごしていたか、過去にどんな出来事が起こったのかがうかがえるのです。

地名の語源やその土地の起源を今に分かりやすく伝えるのが、町村よりさらに狭い区域を表す“字(あざ)”です。字が発生した最大の理由は、田畑・山林などについて、区画として特定するために必要だったから。もともとは口頭で人から人へ伝えられてきたもので、その際に「そこに崖がある」「窪地(くぼち)である」「過去に河川の氾濫があった」「地盤が緩い」「津波に襲われたことがある」など、土地の状態を表しているケースが多くありました。ですから、後世において土地の所有者が移り変わるたびに、またその場所を新たな住宅地としてよみがえらせ、土地のイメージを向上させるために、地名を変えようという発想が出てきたことはある意味仕方のないことだったのかもしれません。特に、現代社会の新興住宅地に多い「●●ヶ丘」や「●●台」はその典型といえるでしょう。また、現代では、字は住所として使われなくなってきたため、“●●一丁目”などと変えてしまったケースも少なくありません。

[閖(ゆり)谷(や)地(ち)]東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県には閖上、閖前などの地名がある。古く閖には“水の災い”、「ゆり」には地震という意味があった。閖谷地はかつて海だったとの伝承も。 [崩(くえ)山(やま)]雲仙岳がある長崎県島原市にある崩山。江戸時代の噴火で山が崩れてきたことを伝えている。くえという読みは現代では馴染みがないが、漢字から意味が読み取れる例。 [浪(なみ)分(わけ)神社]宮城県仙台市にある浪分神社は江戸時代の地震による津波が神社の手前で二手に分かれ、神社より内陸は無事だったことからこの名になったといわれる。

[閖谷地(ゆりやち)]東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県には閖上、閖前などの地名がある。古く閖には“水の災い”、「ゆり」には地震という意味があった。閖谷地はかつて海だったとの伝承も。
[崩山(くえやま)]雲仙岳がある長崎県島原市にある崩山。江戸時代の噴火で山が崩れてきたことを伝えている。「くえ」という読みは現代では馴染みがないが、漢字から意味が読み取れる例。
[浪分(なみわけ)神社]宮城県仙台市にある浪分神社は江戸時代の地震による津波が神社の手前で二手に分かれ、神社より内陸は無事だったことからこの名になったといわれる。

断崖や傾斜地を表す語に由来する地名を“崩壊地名”といいます。地図に表現されるよりも前に口頭で伝えられてきた地名の漢字表記の多くは当て字です。当て字にも、その時代の意識が込められており、それは当時の人々の記憶と記録なのです。したがって、地名の発音(読み方)が重要な手がかりとなります。例えば、“ママ”は崖や傾斜[畔(あぜ)も含む]を意味することが知られています。ただし、この言葉は東日本でしか使われておらず、他の地域で地名に残っていても別の意味になります。また、“ママ”と子音が同じ“モモ”も崩壊地名の一つですが、一方で純粋に桃の木から地名が付けられたものも少なくありません。

崩壊地名に限らず、地名をヒントに、自分の生まれた場所のことを知るというのはとても大切です。地名が付けられたのも、集落ができ人が住むようになったことが要因です。自分のルーツを知る手がかりにもなるはずです。機会があれば地元の伝承を古くからそこに住むお年寄りに尋ねてみたり、地元の図書館や市役所などに所蔵されている古い文書や文献に目を通したりしてみるとよいでしょう。「なるほど」という新たな発見があるはずです。そして崩壊地名らしいとすぐに不安がるのではなく、過去にそこで何があったのか、過去の人たちが災害とどう向き合ってきたのかを考えてみてください。地名は過去の人々からの大切なメッセージともなるはずです。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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