Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

未来のエネルギーを変える微細藻類

海はまだ私たちの知らない資源で満ちあふれています。

理工学術院 教授  竹山 春子(たけやま・はるこ)

1961年東京都生まれ。マイアミ大学海洋研究所研究員、東京農工大学工学部物質生物工学科(現:生命工学科)教授を経て、2007年より現職。東京農工大学工学部客員教授。早稲田大学規範科学総合研究所所長。専門はマリンバイオテクノロジー、遺伝子工学、微生物工学。

メタゲノム解析とシングルゲノム解析。二つのゲノム解析を駆使することにより、微生物の実態が見えてきました。

四方を海に囲まれた日本は、エネルギーや食料などの海洋資源に対する政策や研究開発で世界をリードしてきました。中でも、日本発の学問領域であるマリンバイオテクノロジーは、海の持続可能性に危険信号がともりつつある中で、ますますその重要度を増しています。私は、環境保全、資源確保、産業応用の観点から、主に沖縄の海をフィールドにカイメンやサンゴに共在する微生物の遺伝子解析を進めています。

従来の微生物研究は、海水や土壌などに混在する微生物を単離し、解析に十分なDNAを得るために培養の過程を経て行われていましたが、研究が進むにつれ、単離・培養できる微生物は地球上に存在するうちの1%以下、海洋に限ると0.11%以下にすぎないことが分かってきました。それでも、限られた数の微生物から、産業に利用可能な酵素や抗生物質など価値の高い物質が発見されてきたことを考えると、残る大半の微生物は「宝の山」といえます。そこで、近年急速に発展している次世代シークエンス技術を使い、環境中の微生物集団を丸ごと遺伝子解析してしまおうというのが「メタゲノム解析」です。大量のDNA断片配列をメタゲノムとしてデータベース化することで、姿形すら分からない微生物から有用遺伝子をスクリーニングできるだけでなく、微生物の代謝機能が寄与する物質循環や生態系の解明も期待されています。

こうしたメタゲノム解析にもいろいろな限界があり、さらなる研究の必要性を感じ、私たちの研究グループでは「シングルセルゲノム解析」のための技術開発をスタートさせました。スイス連邦工科大学チューリッヒ校Jörn Piel教授との研究では、カイメンの内に棲息する微生物Entotheonellaの代謝産物の多様性とその生産能力の高さがうかがえる結果を得ることができました。さらに、ラマン分光法を新たに取り入れて、非侵襲に有用物質生産菌を見出し、それらのゲノム配列をシングルセルレベルで解析することにも成功しています。

これまでも、抗がん剤のリード化合物をはじめとする有望な物質が数多く見出されてきたカイメンだけに、生物資源としての価値が拡大したといえるでしょう。サンゴに関しても、メタゲノム解析の結果、共在微生物群が環境条件ごとに特徴付けされることを突き止めました。サンゴの健康状態やサンゴを指標にした海洋汚染レベルを評価する情報として、サンプルダメージを最小限に抑えることができるシングルセルゲノム解析と組み合わせた診断手法の確立を目指しています。環境変動は、人間の健康や生活だけでなく社会にも大きな影響を及ぼします。取り返しのつかない状況を回避するという意味でも、環境の変動を、そこに棲息する微生物の遺伝子を指標に評価できる手法を開発することは早急の課題なのです。

私たちの一連の研究は、海洋微生物のメタゲノムデータベースにまとめ、国内外の研究者が自由に閲覧できるようにする予定です。その一方で、生命科学分野には他にも多様なデータベースが多数存在しており、未来を豊かにする資源ともいえるそれらのデータベースを統合させる動きが始まっています。現在、遺伝子配列決定技術の大幅な発展とともに、日々大量の遺伝子情報が解析されています。その中でビッグデータ解析技術、データベース化が大きな課題となっています。その次に、人材育成が重要です。研究から得られる情報のビッグデータ化に対応して、いかに新しい事実を見いだすかは、生物情報科学の知識を有した人材にかかってきます。今後、シングルセルゲノム開発というアプローチはもちろん、分野を横断する自由な想像力が求められていると思います。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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