Waseda Weekly早稲田ウィークリー

早稲田の学問

「ベストチョイス」にこだわらない

意思決定のメカニズム

文学学術院 教授 竹村 和久(たけむら・かずひさ)

1960年京都府生まれ。早稲田大学意思決定研究所所長、早稲田大学理工学術院総合研究所兼任研究員。筑波大学大学院システム情報工学研究科助教授、カーネギーメロン大学社会意思決定学部フルブライト上級研究員などを経て現職。専門は意思決定論、社会心理学。

「最善」とは何を意味するのか?

<商品購入における選考関係>
パソコン購入における推移性を満たさない、循環した選好関係の例(大久保・竹村,繊維製品消費科学52(12),744-750,2011)。

人々が何かを決断するときのプロセスや機序を、心理学的に研究することが私の専門分野です。例えば、A ・B ・Cという3つのブランドの中から1台のパソコンを購入する場合は、価格・性能・デザインといった比較項目が混在する「多属性の意思決定」になり、その属性をどのような順序・条件で絞っていくかが、パソコンの選択に重要な影響を与えます。まず先に2つのブランドを比べて好む属性が多いほうを選び、最後に残ったものと比較すると、購入したいパソコンは常に同じになると思うかもしれません。ところが、A とB、B とC、CとAなど、パソコンを比較する順序によって、結論はA にも、B にも、C にもなるのです。これは多属性の意思決定において、ベストチョイスが困難なことを示唆している一例です。

一般に、内容を評価してプラス面を加算し、合格値の高いものに決める「足し算的評価」をしないとベストチョイスは理屈上成り立ちませんし、足し算的な評価自体は、理屈上できても、実際に商品や物事を選択する場合には、困難なことが研究の結果分かっています(Takemura, K.Behavioral decision theory, Springer, 2014)。

非接触型の眼球運動測定装置を使った意思決定過程のモニタリング。この図の場合画面の右上から右下を注視していることが分かる(大久保・竹村,繊維製品消費科学52(12),744-750,2011)。

私の研究室では、ゼミの学生さんたちと、いろいろな環境の多属性意思決定過程において人々がどのような情報探索をし、結果的にどのような評価をするのか、という決定方略(何かを選択する場合の心理的操作のこと)について研究しています。また、意思決定の途中で決定方略が変更されることを考慮に入れ、その過程を2 段階に設定し、決定方略が変化していくことを仮定した計算機シミュレーションも行っています。そして、決定方略のどのような組み合わせが、認知的努力が少なく、比較的正確かを検討する心理実験や計算機シミュレーションを行っています。

多属性の意思決定の場合は、この研究の結果、重要な条件のみで選択肢を2つ程度に絞ってから、残った選択肢を吟味するだけで、認知的努力も少なくて比較的足し算的な決定に近いことが分かりました(竹村他、認知科学,22(3),pp.368-388,2015)。要するに、大事な価値を考慮して思い切って選択肢を絞ってから検討する決め方をしても、いろいろとじっくり考えて決めるのとほとんど変わらないのです。また、最近の心理実験の結果、いろいろと考えすぎると、むしろ、合理的な意思決定ができないことが分かってきました。

ベストを求めすぎることのわなに陥らないために、私たちはどう考えればよいのだろう

多くの人は「ベストなもの」が常に存在すると思っています。しかし、通常の意思決定では多くの属性を考慮する必要がありますから、「ベストチョイス」は一般的には存在しないと言えます。ベストな意思決定を求めすぎると、形式的な手続きの合理性(アカウンタビリティーやコンプライアンスなど)のみで判断を行うことが多くなります。なぜそのような判断をするのかというと、形式的な意味での合理性を満足させるための選択肢は見つかりやすく、形式的な手続きの合理性を満たせば、決定の責任を回避できるからです。

このような現状から、本末転倒なことも起こります。例えば、東日本大震災が起こったとき、東北地方は壊滅的な状況となり、地震・津波で多数の方が亡くなりました。また、生活に困窮し、環境の変化について行けずに自殺してしまった人もいました。あの時、政府が国債を発行するなどの経済対策を迅速にしていたら、助かった方も多いはずなのです。ところが、目の前の命に対処することが一番の基本であるはずなのに、当時は、長期金利上昇や財政破綻のリスクなど、経済的効率という属性のみで語る政治家やエコノミストばかりでした。命という属性よりも、経済効率を重視するというのが国民の多数派といえる状況で、私は大きなショックを受けました。大きな意思決定では、むしろベストな意思決定を求めすぎて混乱するよりも、最重視する価値に基づく決定をすることがより大切になるのだと思います。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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