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人類の争いの歴史とは

プロローグ:歴史の変化を読む③ 後編 個人間の争いから集団間の争いへ

文学学術院 教授 高橋 龍三郎(たかはし・りゅうざぶろう)

1953年、長野県生まれ。1986年早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。近畿大学助教授などを経て、現職。現在、先史考古学研究所所長も務める。専門は先史考古学。主な著書に『縄文文化研究の最前線』(早稲田大学オンデマンド出版シリーズ)、『村落と社会の考古学』(朝倉書店)などがある。

>>プロローグ:歴史の変化を読む③前編はこちら

戦争はなぜ起こり、大きくなっていくのか

未開社会には武器を伴わない戦争があります。それは、「スピリットウォー(呪詛(じゅそ)」と呼ばれる戦争です。彼らは身内の不幸や災厄は敵の呪詛によるものだと真剣に考えており、相手の髪の毛やたばこの吸い殻を呪詛する相手に見立てて、「作物が不作に終わるように」「壊滅するように」といった非常に生々しいことを祈ります。呪詛が日常的に行われ、それが原因で戦争に発展することもあります。その中から、戦後処理の取引関係を築くことで台頭するビッグマンが現れ、近隣の部族のビッグマンと交渉して部族の利益を誘導するのです。部族社会は平等な社会だったと長らく考えられてきましたが、そんなことはありません。強い霊性を背景にビッグマンというリーダーが登場する過程にある社会で、たくみに戦争を利用して政治経済的な役割を果たすようになります。

人の心から起こる戦争、未然に防ぐには

未開社会では「霊」や「カミ」はしばしば集団の組織化の根拠となります。しかし、国家段階になると「神」の観念が代わって登場します。英国の人類学者A.M.ホカートの著した『王権』に次のような一節があります。‘’神なくして国家なし、国家なくして神はなし” クラン(氏族)に分かれて群雄割拠していた状態から国家形成の過渡期になると絶対的な求心力や支配力に成り得る、神というシンボルを人々、特にエリート層は求めたのではないでしょうか。覇権には「強い神」が必要なのです。例えば、古事記や日本書紀において天照大神は秩序と良俗の守護神、弟のスサノオの命は乱暴者という構図で描かれていますが、一説によると天照大神の前身はたたり神、怨霊だったといわれています。8世紀に編纂(へんさん)された『記紀』にみる、日本を生んだ天照大神の美しく善良な文脈は、国家形成が進む中で政治的に作り上げられ変質していった可能性も十分に考えられます。神そのものが変質するわけです。

私たちは戦争について、政治経済的利害が原因で敵味方に分かれるものと考えがちです。しかし、未開社会の戦争を知れば、それが戦争を生んだわけではないことは明らかです。戦争が親族意識や宗教意識の違いから生まれ、人々の氏族的エトスによって主導されてきたものだとすれば、仲間の枠組一つで社会は好戦的、平和的のどちらにも変わるはずです。

最後に一つ、極北のイヌイット社会におけるユニークな風習を紹介しましょう。村でもめごとが起こると、人々はニス歌と呼ばれる辱しめの歌を歌います。ニス歌とは、当事者の仲間が騒動のてんまつを面白おかしく揶揄(やゆ)する歌を発表し、聴衆の笑いと拍手で事態を収束するというもの。一見するとけんかをたきつけるような行動に思えますが、現にこれが良い緩衝剤になって争いの拡大を防いでいるのです。未開社会の知恵なのでしょう。民族考古学的調査を通じて、世界的・歴史的横断をしながらこうした例を見ていく中に、平和な世界をつくるヒントを見つけられるかもしれません。文明には文明の知恵があるはずです。

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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