Taketo( ICC 学生スタッフリーダー)
はじめまして!
2025年11月、新しくSSLとしてICCに加入いたしました、早稲田大学文化構想学部2年生のTaketoです。夢は映画監督になること、好きなことは音楽や美術や旅やエレベーターの匂いで、大学での学びの時間はとても楽しいです。

(南伊豆、岬の夕暮れ: Photo by author)
新年を迎えたこの冬はすこし寒いですね。母は最近帽子を2つかぶって家を出るし、牛柄犬のロビンソンは、かの柄を入れ替えて今日も立ち上がりました。
2025年9月、静岡県は伊豆半島、その最南端に位置する南伊豆町で夏休みを過ごしてから少し時間が経ち、記憶が遠ざかってしまいましたが、今一度、その経験が頭の中を発酵させた過程をできるだけそのまま、少しだけ書こうと思います。
僕が所属する、南伊豆町の関係人口創出を目的とした「田舎留学プロジェクト」というサークルのプロジェクトで、一週間南伊豆町に滞在し、24人での共同生活の中、毎日、多様な暮らしを教えてくださる町民の方々のお手伝いをしたり、祭りに参加したりと、たくさんの方と学び、そして楽しみ、時に喜びを分かち合いました。人生を大きく変える経験であったと言っても全く過言はありません。
南伊豆は大人という言葉とはかけ離れた僕に、あまりに多くの気づきを与えてくれたのです。
僕はずっと昔から船乗りになりたかったです。小さな船でいいのですが、見るといつもワクワクするような、何かを託せる旗が欲しいです。まずはひどく無口な絵描きを乗せて、船をヴィンテージに設えてもらい、次に髭がある哲学的ロマンティカ天体博士と半分優しい音楽家をそれぞれ高台と甲板に配置します。腕と人当たりの良い料理人はフル稼働です。時折、船大工は矛盾だらけの大人にお願いします。頭と髭の固い航海士は髭飾りが引っかかって僕の船には乗れません。
コンパス通りの航路や、古い線路の上、けもの道、バナナチョコロード、かっこいいトンネル、帰り道、懐かしい通学路、曲がりくねった道、田中家貫通道、そして、からたち野道。
どの道にも予想外のワクワクは待ち受けていて、行く前に全てをわかりはしないでしょう。しかし、けもの道の先には獣がいて、他の人は知らない景色があることはわかります。懐かしい通学路を歩くとあの日吸った赤い花がまだ可愛く咲くのが見えます。古い線路の上をベリー摘みのために一人で歩けば、汽笛が人生に終わりを告げるかも知れないけど、旧友と共に歩けば、とある映画の物語のように、レイ・ブラワーの死体を見つけられることは分かります。夜道では星と月が道や心や小鼻を照らすこともあれば、消えかける街灯と青い窓の光に怯えさせられることもあります。
これらは素敵なことですが、もしも道なき道を行けばどうでしょう。そこにはわかることなど一つもないのです。けもの道にいる獣は決まっているし、線路は続くと決まっていて、夜の道にある光すら毎日決まっているけど、道なき道は違います。それを僕は小さな頃から「からたち野道」と呼んでいました。ずっと大好きな、THE BOOMの曲で、本当にその言葉が意味するものは荊を持つ枳殻のある哀しい道なのかもしれませんが、形容できない程のワクワクを哀愁とかき混ぜたその響きは凄くいい匂いがして、僕は勝手に、道を切り拓き駆け抜け、血を拭い、土に触り自分を取り囲う水を育て、空を仰ぐイメージを描いていたのです。
しかし、からたち野道を行くのが難しい世の中です。第一、もしも自由に海を行けば、どこかの国の領海に入った途端、僕の旅に不穏な名前と追及が与えられてしまいます。生まれた時から長い背番号を背負い、多彩な棒の瑣末な動きを担うこの現代社会で、どうしたらからたち野道を行けるのでしょう。大人と子供のあわいにいる僕たちはみんな、車が通らなくてもきちんと信号に従い、その尊い待ち時間に、自由とは何なのかと問い続けているのです。
子供の頃の自由な心はまさに現代社会における自由とは相反する成分でできています。大人になるにつれ宝の地図は色褪せ、綻び行きます。はっきり存在する宝の地図にいくつも赤いバッテンを描き込む子供時代には、船が穴だらけで、立派な動力も備わっていません。精神力、経済力、筋力、権力、それは色んな力です。
しかし大人になれば世の中で自由を求める動力と基盤を手にします。やりたい事に必ずついてくる、やらなければならない事をこなしていく力です。もしも大人になってもまだ読める宝の地図をもっているならば、もしくは脳裏に焼きついているならばそれは現代社会における自由と言えるのかもしれません。

(南伊豆、弓ヶ浜の朝日: Photo by author)
では、それこそが大人になることで自由になることと言えるでしょうか。
しかし世界は事実ではなく焦点でできています。そもそも自由というものも大人というものも各々に人の数だけあるために、自分の目と耳と言葉としっぽで探し続けるしかないのです。僕は自分が何を見ているのか、どういう存在なのか、僕にとってからたち野道がどんなものなのかを探し続けています。僕がICCに入ったのも元を辿ればこれが理由です。
人は同じ方角を向き、同じ景色を前にしても、同じものを見てはいません。例えば石廊崎の先っぽにいて上を見上げる人たちがいて、そんな人たちの中でも、「空」として見ている人、それを飛行機の背景だと思う人、そのずっとずっと先の宇宙の広がりを見ている人、雲をアイスクリームの城だと思う人やただ太陽を妨げ雨を降らせるものだと思う人、何も見ていない人もいます。手書きの文字が完全に一致することなどないように、人の数だけその人が当てる焦点があるのです。
僕が南伊豆で過ごした1週間の面白さはそこにあります。繋がりや学びの広がりは個の主体性によるものであること、一緒に行ったメンバー誰もが全く同じ行程を経てはいないこと、手を伸ばせば伸ばす程町に自分の根が張られていくこと、手足の動きや視線、言葉に与える自身だけの重量が変容し続けることもあればしないこともあるというその現象。
卵の殻をただ割れたのだと、物事を記号としてみるように、全く同じ心の焦りを何度も経験し、全く同じ言葉を幾度となく使って来ました。それでも、誰かと、何かと同じ道は歩いてこなかったつもりです。南伊豆での経験は、そんな、いかにもみんなと等しいだけ苦悩し、いかにもみんなと等しいだけ人と違う僕に、とってもとっても大事なことを教えてくれました。きっとこれからもそうです。
はたちを迎えた今、卵の殻が一つ一つ違う割れ方をするように、目の前のすべてに違う心の動かし方と違う言葉を見つけて、視線一つ手足の動き一つに与える重みを考え、からたち野道を生きようと思います。そして、長い時間を過ごすことでようやく与えられた、20という大きな数字に見合うような人間になるために、学びを吸収し、貢献し、誰かにそれを与えられるような人間になるために、ICCに限らず多方面において、気を引き締め背筋を伸ばし、精進してまいります。




