Waseda Institute for Sport Sciences早稲田大学 スポーツ科学研究センター

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新たな「筋質」指標から見る骨格筋老化の実態

概要

高齢者と若者の間では、大腿中央部に存在する筋内非収縮要素の割合に顕著な差が見られた一方で、収縮要素(筋組織)自体の力発揮能力に差はないことが明らかとなりました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

骨格筋のサイズ(筋横断面積・筋体積)と最大発揮筋力を測定することで筋質(筋サイズ当たりの発揮筋力 =筋力/筋サイズ)を評価することが可能ですが、この筋質が加齢によって低下するのかという点については一貫した結論が得られていません。考えられる理由は様々ですが、その一つとして筋内への非収縮要素の浸潤が挙げられます。脂肪を主とした筋内非収縮要素は加齢や不活動によって増加することが分かっており、その浸潤量が多いほど力発揮に直接的に貢献する筋サイズを過大評価することに繋がります。しかし、これまでの筋質を評価した研究の多くはこの筋内非収縮要素を考慮しておらず、収縮要素(筋組織)とそれ以外の非収縮要素(脂肪・結合組織・神経血管)を区別することなく筋サイズや筋質を評価していました(図1)。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では高齢者と若者の男女を対象に、従来の筋質指標(筋力/筋横断面積)に加えて筋内非収縮要素を考慮した新たな筋質指標(筋力/(筋-筋内非収縮要素)横断面積)を算出しました(図1)。その結果、加齢によって筋内非収縮要素が多様に浸潤することがわかっているハムストリングス(図2)において、筋質は従来の指標では年代間差が示された一方で、新たな筋質指標では依然として性差は見られたものの筋質に年代間差はないことが示されました(図3)。骨格筋の老化現象として筋萎縮が進むことは周知の事実ですが、筋組織自体の力発揮能力を見てみると高齢者と若者で変わりがないという点は非常に興味深い結果です。

図1:大腿中央部横断面と筋質評価に用いた筋横断面積のイメージ。本研究では新たに筋横断面積から非収縮要素を除いた面積を算出し筋質を評価した(右端図)。

 

図2:ハムストリングス(大腿後面の骨格筋群)の筋横断面積に占める筋内非収縮要素の割合。*: 有意な年代間差。若者と比較して高齢者では筋内非収縮要素の浸潤量に大きな個人差が見られた。

 

図3:ハムストリングス(大腿後面の骨格筋群)の筋質の年代・性別間差。: 有意な年代間差、: 有意な性差。従来の筋質指標(左図)では年代間差が見られたが、新たな筋質指標(右図)では有意な年代間差は見られなかった。

(3)そのために新しく開発した手法

MRI法を用いて筋質の年代間差や性差を調べた研究は数多くありますが、そのほとんどは筋内非収縮要素の浸潤について考慮していません。本研究では、筋横断面積から非収縮要素を除くことで正味の筋サイズを捉えることができたため、より正確に筋質の年代間差や性差の有無を調査することが可能となりました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

同一の対象者において従来の筋質指標と新たに算出した筋質指標では年代間差の有無に違いがあったことから、筋サイズや筋質を評価する際に筋内非収縮要素を考慮することの重要性を示すことができました。また、近年の研究では筋内非収縮要素の浸潤が筋機能低下に直接的に関与することが示唆されています。筋サイズや筋質を用いて運動パフォーマンスとの関連やトレーニングの効果を示す研究は盛んに行われていますが、今後は骨格筋を収縮要素と非収縮要素に区別して検証していくことで、新たな発見があることを期待しています。

(5)今後の課題

今回の研究成果は大腿中央部のみのデータから得られたものであり、大腿部または筋全体にわたる組織の定量評価には至っていません。筋内脂肪は長軸方向に沿って浸潤量が異なることも報告されています。今後は一横断面のみの解析にとどまらず、他の位置での解析も実施することで各組織の量や分布をより精確に評価することが課題です。

(6)研究者のコメント

川上泰雄:近年、骨格筋の量的特性(横断面積など)に加えて、その質的特性に注目が集まっています。本研究は両者を筋機能(筋力発揮特性)との関係から捉え、大きなサンプルの横断研究を通して加齢変化に迫った点でその意義が示せたとものと考えます。

一瀬星空:骨格筋と一口に言っても、その内外には筋組織以外に様々な非収縮要素が密に存在しています。これらの非収縮要素の形態や役割を丁寧に検証することは、これまで明らかにされてきた骨格筋の可塑性や機能を見直すことにも繋がる重要な課題であると考えています。

(7)論文情報

雑誌名:Experimental Gerontology

論文名:Age- and sex-dependence of muscle quality: Influence of intramuscular non-contractile tissues

執筆者名・所属機関名:一瀬 星空(立命館大学 現所属)、田中 史子(早稲田大学)、山岸 卓樹(国立スポーツ科学センター)、佐渡 夏紀(筑波大学)、塩谷 彦人(早稲田大学)、Pavlos E. Evangelidis(エクセター大学)、内藤 宗和(愛知医科大学)、柴田 重信(広島大学)、川上 泰雄(早稲田大学)

掲載日時:2024/09/06(オンライン公開)

URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0531556524002201?via%3Dihub

DOI:10.1016/j.exger.2024.112574

(8)研究助成

研究費名:SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」

研究課題名:高齢者に配慮した時間栄養・運動に基づく次世代型食・運動レシピの開発

研究代表者名・所属機関名:柴田 重信(広島大学)

 

研究費名/Research Fund:世界へ羽ばたけ!埼玉のスポーツ人財飛翔事業

研究課題名/Research Subject:彩の国2020ドリームアスリート

研究代表者名・所属機関名:川上 泰雄(早稲田大学)

 

研究費名:日本学術振興会  科学研究費助成事業  基盤研究(A)

研究課題名:骨格筋を形・質・機能で捉える:一般人~アスリートの身体運動能力躍進を目指して

研究代表者名・所属機関名:川上 泰雄(早稲田大学)

 

研究費名:日本学術振興会  科学研究費助成事業 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))

研究課題名:Unravelling the Mechanisms of Muscle Strain Injuries: Toward Injury Prevention, Rehabilitation, and Athletic Performance

研究代表者名・所属機関名:川上 泰雄(早稲田大学)

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