これまでの研究では、活動する筋の機械的刺激を起因に血圧が上昇することが動物実験で明らかにされています。早稲田大学スポーツ科学学術院の林直亨教授らの研究において、ヒトでも血圧の上昇を観察する手法を開発しました。本研究結果は運動時の循環調節メカニズムの研究に貢献することが期待されます。
研究結果の概要
これまでの研究で分かっていたこと
運動時には、神経およびホルモンの影響で血圧が上昇します。神経性の要因の1つに活動筋の機械的刺激に反応する筋機械受容器反射があります。筋機械受容器反射は、動物実験で昇圧応答が確認されています。ところが、ヒトの実験では血圧が変化しないことが多く報告されていました。このことから、ヒトの筋機械受容器反射は運動時の血圧の増加にあまり貢献していないという見解が定着しつつあります。ただし、ヒトの実験ではうまく昇圧応答を同定できないので、誤って解釈されている可能性もあります。
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、ヒトの筋機械受容器反射による血圧の上昇を同定する手法の確立を目的としました。これまでヒトの筋機械受容器反射の研究では、下肢への受動的なストレッチを負荷する手法が用いられてきました。先行研究では、下肢よりも上肢での運動の方がより大きな昇圧応答を示すことが報告されています(Hayashi et al。 2001)。そこで、本研究では、前腕に対し受動的なストレッチを負荷することで筋機械受容器反射による血圧の上昇を同定できるか否かを検討しました。
※詳細な手法については、「新しく開発した手法」にて記載します。
その結果、前腕への受動的なストレッチにより血圧が増加することが明らかになりました(図1)。また、その応答は、強度に依存していることも明らかになりました(図2)。本結果は、前腕に対する受動的ストレッチがヒトの筋機械受容器反射による血圧の上昇をヒトにおいて同定する有効な手法となることを示しています。
図1 前腕の受動的なストレッチを行った際の平均血圧の経時変化
●:痛みを感じる強度 ○:痛みを感じる直前の強度 ▲:○の50%の強度 △:無負荷
*は安静時よりも統計学的に有意な差があることを示します
図2 受動的ストレッチ強度別の平均血圧の変化
PPS:痛みを感じる強度 MPS:痛みを感じる直前の強度 LPS:○の50%の強度
*は強度間で統計学的に有意な差があることを示します
新しく開発した手法
筋機械受容器反射に伴う血圧の上昇を引き起こす刺激として前腕への受動的なストレッチを用いました。18名の実験参加者に15分間の臥位安静を保たせた後、1分間の受動的ストレッチを4つの強度にて負荷しました。4つの強度は、痛みを感じる強度(PPS)、痛みを感じる直前の強度(MPS)、MPSの50%の強度(LPS)、無負荷でした(NL)(図3)。本研究の強度設定で痛みを基準としたのは、痛みも血圧を増加させる刺激であり、痛みが有る場合と無い場合の血圧応答を測定し、痛みと筋機械受容器反射が分離できているかを確認するためです。
図3
研究の波及効果や社会的影響
本研究は、ヒトの筋機械受容器反射による昇圧応答を同定する手法の確立に成功しました。ヒトの筋機械受容器反射はこれまでの手法では昇圧応答を同定できていなかったため、運動時の血圧調節にはほとんど貢献していないという見解がありました。本研究はこれまでの見解を改めるきっかけとなり、循環系の神経調節に与える筋機械受容器反射の影響に関する研究を加速させると思われます。
今後の課題
動物実験では、筋機械受容器反射が加齢や各種疾患によって増大し、それが運動時の過度な血圧上昇を引き起こすことが報告されています。本研究にて確立した手法を用いて、ヒトでも加齢や疾患による機能変容が生じているのか否かを検討する必要があります。
本研究とこれまでの研究が異なる結果となった要因を明らかにすることも今後の課題として挙げられます。この点を明らかにすることは、ヒトの筋機械受容器反射の理解を進めるものと思われます。
参考文献
N Hayashi 1, S G Hayes, M P Kaufman (2001) Comparison of the exercise pressor reflex between forelimb and hindlimb muscles in cats. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol281: R1127-1133. doi: 10.1152/ajpregu.2001.281.4.R1127.
論文情報
雑誌名:Journal of Applied Physiology
論文名:Muscle Stretching induces the mechanoreflex response in human arterial blood pressure
執筆者名(所属機関名):N. Nakamura, P. Heng and N. Hayashi
掲載予定日時(現地時間):2022年1月1日
掲載予定日時(日本時間):2022年1月1日筋肉のストレッチで機械刺激を加えると一時的に血圧が上昇-循環応答メカニズムの解明へ貢献―
(オンライン掲載の場合):2022年12月10日
掲載URL:https://journals.physiology.org/journal/jappl
DOI:https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00418.2022