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スプリンター特有の脊髄神経機能を解明-大腿筋制御を担う神経回路にみられる適応-
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- 2025年12月3日(水)
スプリンター特有の脊髄神経機能を解明
-大腿筋制御を担う神経回路にみられる適応-
概要
陸上競技のスプリンターにおける高度な走運動スキルを可能にする中枢神経系機能を調査しました。その結果、スプリンターは大腿筋の脊髄反射特性に特異的な適応を示すことを明らかにしました。本成果は、高速走運動を支える神経制御の仕組みの理解につながります。
これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
優れたスプリンターの高いパフォーマンスは、大腿部の主働筋と拮抗筋の収縮・弛緩の切り換えが明確であるという筋間の協調性に支えられていることが欠畑講師らの研究により示されていました(Kakehata et al. 2021)。アスリートの高い運動スキルを可能にする神経機構として、脳や脊髄回路がトレーニングにより競技に有利となるよう可塑的に変化することが従来の研究により示唆されてきましたが、スプリンターの大腿筋制御を支える中枢神経系機能の特性は十分に解明されていませんでした。
今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、全国レベルのスプリンター10名と非アスリート10名を対象に、*1脊髄反射を非侵襲的に記録できる*2経皮的脊髄刺激(tSCS)を用いて脊髄神経機能を解析しました。その結果、スプリンターでは、スプリント走で主要な力発揮源として機能するハムストリングスの一部である*3大腿二頭筋において、感覚入力のわずかな変化に対して脊髄反射の出力反応が大きく増減する特性を示しました(具体的には、脊髄刺激強度[感覚入力量]に対する脊髄反射振幅値[筋出力量]の関係性を示す入出力曲線[グラフ内実線]における最大傾斜[グラフ内破線]がスプリンターの方が大きい)。つまり、脊髄内の神経回路が入力の強弱をより敏感に検出し、それに応じて筋の活動を大きく調整できるように精密化していることが示されました。このことは、これまでスプリンターの走運動時に確認されていた大腿筋の巧みな収縮・弛緩の切り替えを支える神経メカニズムと考えられます。一方で、ふくらはぎの筋(ヒラメ筋)や大腿筋間の*4相反抑制では両群間に差はみられませんでした。

そのために新しく開発した手法
従来、大腿筋群の脊髄反射を記録することは困難でしたが、近年開発されたtSCSを用いることで大腿二頭筋とヒラメ筋の脊髄反射を同時計測しました。脊髄反射の動員特性を評価するため、様々な刺激強度でtSCSを行い、刺激強度に対する脊髄反射応答の大きさの関係性を示す入出力曲線を分析しました。さらに、筋間の協調性の神経メカニズムとして相反抑制が挙げられますが、本研究グループが開発したtSCSと拮抗筋への感覚刺激の組み合わせによる方法(Nakagawa et al. 2024)で大腿筋においても相反抑制が評価可能となり、本研究でもこの手法を用いました。
研究の波及効果や社会的影響
この成果は、スプリンターに特有な神経適応が脊髄レベルで生じることを示す初のエビデンスとなります。将来的には、脊髄刺激を活用した新しいトレーニング法の開発につながる可能性があります。また、スポーツ科学だけでなく神経リハビリテーション分野への応用も期待されます。
今後の課題
今回用いた手法の限界点として、スプリントなどダイナミックな運動中の計測ができない点が挙げられます。安静時よりも実際の競技動作時のほうが動員される神経回路に特徴が出やすいと考えられますが、今回は安静時の神経機能の評価に留まりました。また、ハイレベルなスプリンターを対象としているとはいえ、サンプル数が大きくないため、もっと大きなサンプル数にて競技力や動作の特徴との関連性も検討することが期待されます。
研究者のコメント
欠畑:スプリンターはハムストリングスなどの大腿筋が大きく発達していることが知られていますが、本研究ではその筋を制御する脊髄回路にも長年のトレーニングの成果とも呼べるスプリンターに特異的な興味深い特徴を観察しました。スプリント走のトレーニングでは、単に筋肥大や筋力の向上だけでなく、筋に指令を送る神経系を洗練させるという視点も重要になると考えています。
中川: 走運動は比較的シンプルな運動ですが、その熟練者は精細な運動制御を行っており、その背景として中枢神経系を適応させている可能性を示しました。今後、スポーツトレーニングや指導における神経系からのアプローチの重要性についての理解が深まることを願っています。
用語解説
※1 脊髄反射
種々の感覚入力によってあらかじめプログラム化された反応が出力される神経プログラム。脳を経由せず、脊髄内の神経回路で生じる反応である。本研究では、筋の伸長状態を感知するIa感覚神経が脊髄の運動ニューロンへ信号を伝え、筋収縮反応を引き起こす現象を指す。
※2 経皮的脊髄刺激 (tSCS)
皮膚上から電気刺激を与え、感覚神経が集束する脊髄後根を刺激することで、脊髄内の神経回路を活性化させる非侵襲的手法。本研究では、腰部皮膚上から電気刺激を行い、大腿筋を含む下肢筋群の脊髄反射を誘発した。
※3 大腿二頭筋
大腿後面に位置するハムストリングスの一部で、膝関節屈曲や股関節伸展に関与する筋。スプリント走において地面反力の生成に重要な役割を果たし、加速能力と強く関係している部位であると報告されている。
※4 相反抑制
一方の筋(例:太ももの前側の大腿直筋)が収縮すると、その拮抗筋(例:太ももの裏側の大腿二頭筋)の活動が自動的に抑制されるという脊髄内での神経機能調節の仕組み。この反射的な抑制により、拮抗する筋の同時収縮が防がれ、スムーズで効率的な動作の切り替えが可能になる。
論文情報
雑誌名/Journal: Scientific Reports
論文名/Title: Specific recruitment properties of spinal reflex of thigh muscle in sprinter
執筆者名・所属機関名/Authors and Affiliated Organisation:
Gaku Kakehata *(早稲田大学スポーツ科学学術院、東京大学大学院総合文化研究科、日本学術振興会), Kento Nakagawa * #(早稲田大学スポーツ科学学術院、上武大学ビジネス情報学部), Naotsugu Kaneko(東京大学大学院総合文化研究科), Yohei Masugi(東京国際大学、東京大学大学院総合文化研究科), Shigeo Iso(早稲田大学スポーツ科学学術院), Kimitaka Nakazawa(東京大学大学院総合文化研究科)
* 共同筆頭著者
# 責任著者
Publishment Date(Local Time): 2025/11/04
Publishment Date(Japan Time): 2025/11/05
(オンライン掲載の場合/For online publication)
URL
https://www.nature.com/articles/s41598-025-22504-2
DOI
https://doi.org/10.1038/s41598-025-22504-2
研究助成
研究費名/Research Fund:科研費特別研究員奨励費、科研費基盤研究B
研究課題名/Research Subject:「トップスプリンターの大腿筋制御を担う脳-脊髄神経制御機構の解明」、「アスリートの競技力を規定する中枢神経系の解明:新たな神経機能向上法開発を見据えて」
研究代表者名・所属機関名/Research Representative and Affiliated Organisation: 欠畑岳(早稲田大学スポーツ科学学術院)、中川剣人(上武大学ビジネス情報学部、早稲田大学スポーツ科学学術院)