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【著作紹介】『明滅の案内――谷崎潤一郎と観光の時代』(文学学術院講師 清水智史)

【著作紹介】『明滅の案内――谷崎潤一郎と観光の時代』(文学学術院講師 清水智史)
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Wed, 30 Sep 2026

琥珀書房 初版 刊行日2026/7/24 判型 四六判 ページ数 208ページ ISBNコード ISBN978-4-911589-66-3

「観光」と聞くと、何やら楽しげなイメージが思い浮かぶ方が多いと思います。かつて自分が行ったあの場所の・あの時の記憶や、多くの写真が載ったガイドブック、SNSで流れてくるvlogなど……。そうしたイメージや体験はわれわれの生活に潤いを与えてくれるし、それゆえに現代の生活に深く根差した営みだといえます。

しかし、歴史を振り返れば、観光がポジティブな側面を持つばかりでないことも同時にみえてきます。わかりやすい例としては、1940年代前半、戦時下日本の「聖蹟」観光が挙げられます。これは、戦争に向けて「挙国一致」をするために、天皇家ゆかりの観光地を巡るというもので、政府主導で行われていました。いわば、戦争に奉仕するために国策として観光が利用されたのです。そこでは、ある特定の土地を単一のイメージに染め上げる作用が働いていたことでしょう。本来はさまざまな歴史や人々が行き交う場を、「観光地」として限られた側面のみが消費されていたのです。このように、観光という営みは単に楽しいだけではなく危うさも含むもので、とりわけ1930~40年代は観光の危うさが発露した時代だったといえます。

そんな時代に、「観光」を多く描いた作家が谷崎潤一郎(1886~1965)でした。谷崎は、「刺青」(1910)や「痴人の愛」(1924~1925)といった作品から、マゾヒズムやエロティシズムの作家というイメージで知られています。しかし、谷崎の1930~40年代の作品をみてみると、「吉野葛」(1931)には花の名所の吉野山が、「細雪」(1943~1948)には平安神宮、富士山、蒲郡といった観光地が描かれているのです。しかも、単に観光地を楽しむ様子が描かれるのではなく、登場人物の観光の失敗や、当時推奨された楽しみ方とは異なる様子がみてとれます。つまり、これらの作品では、当時の観光のあり方からずれていくような様子が描かれているということです。加えてそれが、1930~1940年代という観光の危うさが発露した時代であったならば、おのずと戦時下への批判めいてくる、といえるかもしれません。

本書では、谷崎の作品を通して戦時下の日本と観光という営みを考えてみました。観光に興味がある方も、谷崎に興味がある方もぜひ読んでいただけたらと思います。

 

〈研究内容紹介〉

私はこれまで、谷崎潤一郎についての研究を続けてきました。特に、1930~1940年代にかけての作品を、当時の世相や社会状況との関わりを意識しながら読み解いています。谷崎は、芸術至上主義者のイメージを持たれることが多く、社会や政治の状況に背を向けた作家とされてきました。実際、そういった側面はたしかにあります。ただ、谷崎の作品を読んでみると、どうにも時代とリンクしてしまう部分が数多くあります。観光の描写もそうしたものの一つです。私の研究では、作品を谷崎潤一郎という一個人に安直に結びつけてしまうのではなく、「そう読めてしまう」部分を拾い上げ、新たなポテンシャルを見出すことを目的としています。また、今後は、谷崎に限らずさまざまな作家に対しても「観光」の視点から作品の分析を試みていく予定です。

 

早稲田大学文学学術院講師(任j杵付)
清水 智史(しみず さとし)

1992年6月生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。
同志社大学特別研究員(学術振興会特別研究員(PD))を経て、2025年4月より現職。主な論文に「谷崎潤一郎の関西移住と「観光のまなざし」――観光の時代の「古典回帰」」(伊豆原潤星・山口直孝・松本健太郎編著『都市とポスト文学の詩学 浸食するフィクション/拡張するリアル』(ナカニシヤ出版、2025年5月)所収)がある。

(2026年9月作成)