
Tomoyasu Iiyama, Genealogy and Status: Hereditary Office-Holding and Kinship in North China under Mongol Rule, Cambridge (Massachusetts): Harvard University Asia Center, February 7, 2023. (ISBN 9780674291294)
歴史上、「中国」は繰り返し繰り返し、何回も征服されましたが、征服は動乱だけでなく、劇的な文化変容も引き起こし、新しい「中国」社会・文化の出現の契機ともなりました。
この本は、歴史上最も大規模な「中国征服」のひとつである、モンゴル帝国の中国征服の中で、征服された人たちがいかにして全く異なるモンゴルの政治文化や統治原則を理解し、自分たちの文化伝統で表象したのか、そしてそれが新たな「中国」社会の出発点となったのかを論じます。
20年にわたる熾烈な征服戦争の末、1234年、モンゴル帝国はそれまで中国北部(華北)を統治していた金国(1115-1234年)を滅ぼしました。新たな帝国の支配下に入った華北の人々を待ち受けていたのは、「チンギス・カンの一族にどれほど長く奉仕してきたのか」という、譜代の主従関係がなによりもものを言う、それまでとは全く異質な統治システムでした。しかし、征服された人々の多くは、帝国のエリートが話す中古モンゴル語に習熟しているわけでも、モンゴルの文化の専門家でもありませんでした。
こうした中、新たな帝国の統治システムの中で官職を得た一族は、もともと自分たちが親しんでいた、「先塋碑」という碑刻慣習をもとに、自分たちの奉仕の歴史を、古典漢語(漢文)で碑に刻み、帝国における政治的地位の確保と維持に努めるようになります。「先塋碑」は見た目も、刻まれる言葉も、それまでの「中国」の伝統的な碑刻と全く異ならないようにみえるのですが、実際には、お互いに非常に異質なモンゴル・「中国」の政治文化伝統が接触した際に、相互理解の媒体としてうまれた、双方向的な文化変容の産物だったのです。そして、モンゴル帝国の支配が終わった後にも、「先塋碑」の多くは残り続け、碑文が再解釈され続けることにより、「宗族」と呼ばれる大規模な男系親族集団が華北において拡散してゆく、ひとつの契機ともなってゆきます。
本書は読みやすいとは言えない専門書です。しかし、外来文化と「中国」文化が対峙し、融合し、新たな「中国」文化・社会をうみだしてゆくその瞬間に光を当て、我々がともすれば数千年にわたって驚異的な持続力をもってきたと考えがちな「中国」文化が、実際には時代ごとに劇的に変化したこと、そしてそれは今後も同様であることを明らかすることにより、「中国」とは何かを考える出発点なようなものだとも言えると思います。
〈研究内容紹介〉
私は外来の集団が歴史的な「中国」(時代によって実態は様々です)の社会・文化に与えた影響や、現在の「民族」概念が歴史的にいかに形成されてきて、これからどうなってゆくのかを、主に12-19世紀の中国北部(華北)社会を対象として研究しています。使用する史料の多くが碑文なので、華北でフィールドワークを行い、史料の収集や、碑文をめぐる認識についてインタビューをしています。
早稲田大学文学学術院教授
飯山 知保(いいやま ともやす)
中国社会科学院研究生院高級進修生、日本学術振興会特別研究員(DC2, PD)、Research Associate (Harvard-Yenching Institute)、早稲田大学高等研究所准教授、Visiting Scholar (The Council on East Asian Studies at Yale University)などを経て、2019年から現職。主著に、飯山知保,『金元時代の華北社会と科挙制度―もう一つの「士人層」―』, 東京: 早稲田大学出版部, 2011年; 飯山知保[著]; 鄒笛[訳],『另一种的士人―金元时代的华北社会与科举制度』(中国語), 杭州: 浙江大学出版社, 2021年; 櫻井智美・飯山知保・森田憲司・渡辺健哉[編],『元朝の歴史―モンゴル帝国期の東ユーラシア』, 東京: 勉誠出版, 2021年(共編著)など。
(2023年5月作成)