Research Institute for Letters, Arts and Sciences早稲田大学 総合人文科学研究センター

News

ニュース

【著作紹介】『ダブリンからダブリンへ』(文学学術院教授 栩木伸明)

みすず書房 初版 刊行日 2022/1/7 四六判 355ページ

過去四半世紀に書きためた紀行文やエッセイや書評・映画評などを集めて、この本をこしらえた。『ダブリンからダブリンへ』という書名には〈時間的な移動、つまりは歴史的観察〉と〈空間的な移動、ようするに旅〉というふたつの意味を込めた。

詩や芝居や映画を読み解きながら、19世紀半ばから今日に至るアイルランド社会の変遷をたどれるようにしたところは、〈歴史的観察〉の試みである。一方、1990年代半ば以降、アイルランド各地—とくにダブリン—を繰り返し訪ねてきた体験を元にして、彼の地の文化の現状—起きているものごとが奏でる音楽—を紹介した文章の多くは〈旅〉がテーマになっている。

〈旅〉といえば、ダブリンを夢想の起点にして、ヨーロッパ各地やアメリカやアジアへ旅をした紀行文も本書におさめた。どの〈旅〉も雑貨や古物の来歴を調べたり、想像したりする行為が現実の旅行と並行していて、調べ物という〈時間的な移動〉と現地へ行ってみるという〈空間的な移動〉が重なっているようだ。

ぼくの四半世紀は、空間的にも思考的にもダブリンと東京を楕円のふたつの中心として、ほうぼうを渡り歩く年月だった。ダブリンの引力に引かれ続けて来た人間がアイルランドという鏡に自らを映した告白録として読んでもらってもいい。

この本の後半には、ぼくが知る機会を得た、個性派揃いのアイルランド人を紹介するエッセイを集めた。北の孤島で暮らした現代の〈王様〉、祖父母のように思えた僻村の老夫婦、さらには、シェイマス・ヒーニーをはじめとする詩人たちの肖像もことばで書いてみたのだが、結果的に追悼文ばかりになってしまった。アイルランドと向き合ってきた時の流れは、彼の地の友人たちとともにぼく自身が年を重ねた年月でもあった、と今にして気づく。とはいえ、まだまだ活躍中の人々も多いので、かれらとともにこれからの人生を歩いていこうと思っている。

そういうわけで、この本には学術論文として書いた文章はほとんど収めていない。でもこれはこれで、仕込みに時間をかけた探究の果実なのだ(なあんて言ったら、自画自賛になりそうだけれど……)。

〈研究内容紹介〉

書物を読むこととフィールドワークは、ぼくにとって車の両輪みたいなものです。アイルランドの現代詩人を翻訳・紹介することが研究の中心になっていますが、詩人を訪ねるときには、作品を前もってとことん精読してから、それらが書かれた現場を訪れ、詩人とともに時間を過ごし、風土に触れ、話を聞くよう心がけてきました。アイルランドは伝統音楽、ダンス、ストーリーテリングなど、無形文化財の宝庫ですので、狭義の文学者ではない、しばしば無名の語り手や歌い手たちと触れ合うことも大切にしてきました。詩の(音楽の、語りの)現場で、生きた人間とじかにコミュニケーションをとることが、書物から得られる情報を補い、生きた知識にしてくれるからです。

体感にもとづいた経験を積むことと、書物を読んで体感の背景を裏付けしていくことは、アイルランド小説を翻訳するさいにも役立っています。小説にあらわれた言語表現、考え方、ふるまいなどの癖や、社会構造や共同体に起因する人間関係の特質などについて、とても多くのことを書物とフィールドワークの両輪から学んできました。

早稲田大学文学学術院教授
栩木 伸明(とちぎ のぶあき)

早稲田大学文学学術院教授。東京生まれ。専門はアイルランド文学・文化。著書に『アイルランドのパブから』、『アイルランド現代詩は語る』、『声色つかいの詩人たち』、『アイルランド紀行』、『アイルランドモノ語り』(読売文学賞(随筆・紀行賞)受賞)、『ダブリンからダブリンへ』、『世界文学の名作を「最短」で読む』(編訳)、訳書にW・B・イェイツ『ジョン・シャーマンとサーカスの動物たち』、J・M・シング『アラン島』、キアラン・カーソン『琥珀捕り』、コラム・マッキャン『ゾリ』、ウィリアム・トレヴァー『アイルランド・ストーリーズ』、コルム・トビーン『ブルックリン』、ブルース・チャトウィン『黒が丘の上で』などがある。

(2023年5月作成)

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/flas/rilas/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる