21世紀に入ってから、100年前の文学と現代を考える研究を継続し、一昨年から今年にかけて、『横光利一と近代メディア 震災から占領まで』(岩波書店、2021年9月)と『川端康成 孤独を駆ける』(岩波新書、2023年2月)を上梓した。親友であった横光利一(1898〜1947年)と川端康成(1899〜1972年)がデビューした1920年前後には、第一次世界大戦、ロシア革命、スペインかぜの流行、関東大震災と、戦争・革命・パンデミック・大地震が相次いでおり、ふたりの活動に少なからぬ影響を及ぼしている。

岩波新書 刊行日:2023/03/17 ISBN:9784004319689
学術書と新書との違いはあるが、横光と川端の文学者としての軌跡を、19世紀から20世紀にかけて大きく発展を遂げたメディアとのかかわりのもとにたどった点で、両書の問題意識は共通している。ふたりが華々しく活躍する1920年代から30年代は、新たな出版社が数多く創業され、新聞・雑誌の発行部数が大幅に増加していく時期でもあった。1895年にフランスのパリで誕生した映画は、日本ではこの時期にサイレントからトーキーに移行して、国民文化としての広がりを見せ始める。1925年にはラジオ放送も開始され、多くの聴衆を集めるなど、まさにメディアの拡大期であった。また、戦時下においては、文化統制のもと、マス・メディアは総力戦体制に活用された。横光と川端は、戦前・戦中には内務省による検閲、敗戦後のアメリカ軍占領下ではGHQ(連合国軍総司令部)による検閲という、ふたつのメディア検閲と葛藤しながら創作を繰り広げていたのである。
昭和時代前期に「文学の神様」とまで称された横光は、占領下の1947年に病没する。川端は、横光が亡くなってから四半世紀の時間を生きながらえることになるが、「心の無二の友人」(川端康成「横光利一弔辞」)の後を継承するかのように、精力的な活動を展開していった。

岩波書店 2版 刊行日:2021/10/05 ISBN:9784000254748
川端の文学は、高度経済成長期に出版された多数の文学全集や文庫本などを通じて、多くの読者を獲得した。また同時に、国語教科書にも収録されるなどして、読者の増大が促進されていく。一方で、映画やテレビなどの映像メディアを通じて、川端康成の文学が繰り返し発信され、受容されていったことも重要である。サンフランシスコ講和条約の調印から2年後、1953年にテレビ放送が開始される。高度経済成長期を背景とする活字文化の隆盛と、黄金時代を迎えた日本映画、しだいに普及するテレビ放送、そのような戦後メディアの全盛期に、川端は文学者として活躍していたのであった。
とりわけ映画化とテレビドラマ化は、川端の作家名を広く世に知らしめると同時に、その創作をより多くの観客、読者に伝える大きな契機になった。NHKは1961年に「連続ドラマ小説」として「伊豆の踊子」を製作、その後、現在にまで続く「朝の連続テレビ小説」が開始となり、川端は「たまゆら」(65年)という作品を書き下ろしている。このような戦後メディアの時代を駆け抜けた川端のたどり着いた先が、1968年の日本で最初のノーベル文学賞受賞であった。
横光と川端、この二人の文学者の軌跡を追うことは、20世紀の日本が経験したメディアの変容をたどる旅路でもあった。さらに探究の旅を続けたい。
早稲田大学文学学術院教授
十重田 裕一(とえだ ひろかず)
早稲田大学文学学術院教授・国際文学館館長・柳井イニシアティブ(柳井正イニシアティブ グローバル・ジャパン・ヒューマニティーズ・プロジェクト)共同ディレクター
東京都生まれ。博士(文学)。大妻女子大学を経て、2003年から早稲田大学教授。コロンビア大学客員教授・客員研究員、カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員教授、スタンフォード大学客員教授などを歴任。自著に『川端康成 孤独を駆ける』(岩波書店、2023年)、『横光利一と近代メディア 震災から占領まで』(岩波書店、2021年)、『岩波茂雄 低く暮らし、高く思ふ』(ミネルヴァ書房、2013年)、共編著に、『〈作者〉とは何か 継承・占有・共同性』(岩波書店、2021年)、Literature among the Ruins, 1945-1955 Postwar Japanese Literary Criticism(Lexington Books, 2018年)、『岩波茂雄文集 全3巻』(岩波書店、2017年)、Politics and Literature Debate: Postwar Japanese Criticism 1945-1952(Lexington Books, 2017年)、『占領期雑誌資料大系 文学編』全5巻(岩波書店、2009~2010年)など。第26回窪田空穂賞、第30回樋口一葉記念やまなし文学賞研究・評論部門などを受賞。
(2023年4月作成)