Waseda Weekly早稲田ウィークリー

「井の中の蛙」って超ワクワクすること MC宇多丸から君へ

入学当初から“調子こき”だったというRHYMESTER(ライムスター)の宇多丸さん(1994年法学部卒)。前編では、そんな宇多丸さんの原点とも言える、キャンパスライフやサークル活動など、青春時代に関する思い出話に花が咲きました。

後編は、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のパーソナリティーとして活躍する宇多丸さんらしく、少しラジオっぽさを意識して、実際に学生たちから投稿されたお悩みを紹介しながら人生相談に乗っていただこうと思います。聞き手は引き続き、『大学1年生の歩き方』(左右社)などの著書もある清田隆之さん(2005年第一文学部卒、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表)です。

セクハラに関する男子学生のお悩み 宇多丸さん、どう思いますか?

まずは1つ目のお悩み。「セクハラについて知りたいです」という男子学生からの投稿です。

そもそも僕は男性であるため、女性がどのようなことをすれば嫌な思いをするのか基本的に分かりづらいところがあります。個々の女性が何を不快に感じるかは、長い付き合いの中でそれぞれの性格を理解し、リサーチしていく必要があり、大変難しいものがあります。

ずいぶん虫のいい話でありますが、統一的な基準、大体このようなことはNGである、ということを教えていただけるとありがたいです

左からライターの清田さんと宇多丸さん。学生会館の録音室を利用し、
向かい合ってラジオ収録さながらのシチュエーションでインタビューを行った。

宇多丸
なるほど、なるほど。「どう振る舞えば相手を不快にさせないで済むか」を知りたいってことですよね。結論から言えば、それは「人と場合による」としか言いようがなく、絶対的な正解やガイドラインなどないだろう、というのが僕の考えです。

老若男女からのあらゆる相談にオススメ映画で回答する、
宇多丸さんの人気連載をまとめた著書『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』(新潮社)

ただし、この社会は非常に不公平であり、残念だけど性差別は確実に存在している。政治家による性差別的な発言は絶えないし、歴史あるバラエティー番組では料理の苦手な若い女子をスタジオのおじさんたちが笑うという企画を未だにやっている。

もっと最低なのは、医大の入試で男子だけ一律で加点されてたとかいう例の話しかり、システム自体に性差別が組み込まれているケースも、残念ながら現実にはそこらじゅうにある。

男性は最初からそういう土壌に立っていて、自分たちの中にも無意識の性差別があるかもしれないということを、俺たちは大前提として心にたたき込んでおく必要があると思いますね。

その辺り、ラジオパーソナリティーとして発言に気を付けている部分などもあるんですか?

宇多丸
そうですね。ただ、配慮に欠けるようなことを不意に言ってしまうこともあって、自分にがっかりする瞬間も多々あります。そこはもう、なるべく繰り返さないよう反省と軌道修正を繰り返していくしかないですよね。

失言する政治家たちを見ていると、自分で何が悪かったのか分かってない場合が結構ありますよね。一応謝ってるけど、その謝り方がもう分かってない、みたいな(笑)。そうなっちゃうのが一番怖い。だからこの男子学生の不安も分かるような気がします。

自分の加害性を意識するあまり、他者に踏み込めず恋愛ができないという男子学生もいるようです。

宇多丸
「落とす」とか「口説く」って表現があるけど、恋愛って相手の意思をおもんばかり、失礼にならないよう距離を縮めていくとか、あるいは相手から良いと思ってもらえるよう注意深く振る舞うとか、そういうことからしか始まらないと思うんですよ。だからこればっかりはコミュニケーションの中で探り探りやっていくしかない。

あと、男性は「ジャッジされること」に慣れていないってのもありますよね。外見の美醜でジャッジされるのは怖いですよ。僕も相方がMummy-Dだし、近くにはZeebraとかもいて、モテ男たちの隣で空気のように扱われる悲しみは痛いほど分かる(笑)。

もちろん外見なんて一つの基準にすぎない。でも、そういう「ジャッジされること」が人生ずーっと続いてしまっているのが女の人だよっていう話でもあるんですよね。そういう感覚を理解し共有することがコミュニケーションの糸口になったりするような気がします。

親孝行は幼い頃にもう済んでいる!「親のスネ」で自分に投資しまくれ

もう一つ、早大生からの声を紹介します。次はお金やアルバイトに関するお悩みです。

バイトをしないとお金がたまらないが、そうすると今度は勉強が進まなくなるという矛盾をどう解消すればいいでしょうか?

今回の投稿には、お金や進路にまつわる話が結構ありました。勉強もバイトも就活もちゃんとやらなければならない。そういう中で余裕を失い、どうしていいか分からなくなってしまっている学生たちが多いのかもしれません。

宇多丸
いやあ、就活なんかは本当に切なくなります。朝井リョウさんの『何者』(新潮社)を読んで映画を観て以来、もうリクルートスーツの集団見るたびに「頑張れよ…」って涙ぐんじゃうぐらい、切ない。切実ですよね。

僕が入学した1988年はバブル真っ盛りで、就活は完全に売り手市場だった。今の学生が見たら憤死すると思うけど、当時は織田裕二さんが主演した映画『就職戦線異状なし』(東宝)で描かれていたように、企業側が学生を確保するため、食事をさせたり旅行させたり、洋服や車まで買ってあげたりということがリアルにあった。大人側が就活生をちやほやしまくる時代だったんですね。

ただ、バブルが崩壊し、僕が5年生になった1993年にそれがパタッとなくなった。就職戦線が一気に冬の時代になったわけです。僕はラップに打ち込むあまり「法学部なのにゼミ無しっ子」という何も無しな状態だったので、これはもう就職できないな、フリーで生きていくしかないなって悟りました。

いきなりハシゴが外され、就職氷河期へ突入していったわけですね。

宇多丸
そうなんですよ。ただ、これは申し訳ないけど僕の場合、実家が東京だったんで、まあ飢え死にはしないだろうという甘〜い人生設計ではあった(笑)。個人的には親のスネをかじるのにそれほど抵抗がないタイプで、月に15万も稼げれば特に問題もないわけですよ。僕はライターの仕事もやっていて、CDのライナーノーツ(解説文)の執筆が当時の相場で5万だったので、1カ月にまあ3本書けば生きていけるでしょって。

当時、文化はカジュアルダウンしていったし、今につながるデフレ時代の始まりでもあったので、生活水準を上げたいという気持ちもなかったし、なんとかなってしまったんですよ。

若い人たちが「なんとかなるでしょ」って感覚を抱ける社会がいいですよね。

宇多丸
こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど、学生は親のスネをかじっていいと思うんですよ。もちろん経済的に厳しいご家庭もあるとは思いますが、かじれる余裕があるうちはガンガンかじればいいと思うんです。4〜5歳ころまでのかわいさでもう親孝行は済んでるでしょって話ですから(笑)。

要は「自分が持ってるカードはどんどん使っていこうぜ」って話で、上も下も見始めたらキリがない、それよりも自分の手元にはどんなカードがあって、どう使えば楽しく生きられるのか、自己分析してみることが大事だと思うんですよ。
だから、バイトももちろん必要ならやるしかないし社会勉強にもなりうるだろうけど、それで忙殺されちゃうのはちょっともったいない気がする。なぜなら学生の特権は「時間」を持ってることだから。時間だけはどんな金持ちでも買うことができない究極の財産ですよね。

それがふんだんにある状態ってぜいたくですよ。逆に何していいのか分かんなくなっちゃうのかもしれないけど、ダラダラするも良し、好きなことをやりまくるも良し、なんであれ「自分への投資」をケチらないということこそが、特に学生時代を有意義に過ごすキモなんじゃないかと、僕は考えています。

今年で結成30周年を迎えるライムスター 学生時代の仲間と仕事を続ける秘訣(ひけつ)とは?

ライムスターは今年で結成30年を迎え、今は全国ツアーの真っ最中です。TBSラジオ『アフター6ジャンクション』も月曜から金曜の帯番組だし…めちゃくちゃ多忙な毎日だと思われますが、最後に今後の抱負をお聞かせください。

宇多丸
いや、「毎日3時間もラジオの生放送やって大変ですね」ってよく言われるんですけど、例えばサラリーマンの皆さんだって毎日それより長く仕事してますよね? っていう。だからそこは全然って感じですね。

ただ、問題は創作、要するにアルバムや曲作りっていうのがこのサイクルに入ってくると途端に全てがドスーンって重くなるっていうか。日々の忙しさはやればできることだけど、創作はやってできるとは限らないじゃないですか。そこがいつも本当に恐ろしいあたりです。
ひらめきやアイデアの発芽までは時間だけの問題じゃないんだけど、方向性が決まってからはブラッシュアップのために絶対的な時間が必要になってくる。こうかな、ああかな、こうかな、ああかなっていう、精度をどれだけ高めていけるかって部分には時間と集中力が必要になってくる。
そこに関してはこれからまだ自分も未経験のゾーンに入ってくるので分からないですけど、ラジオもツアーもレコーディングも、全てフル回転でやりつつ、その状態を限界まで楽しんでみたいなってのはあります。フル回転って永久にできるものではないと思うので。

大学時代に結成したユニットでずっと活動し続けているのもすごいことですよね。

宇多丸
学生時代からの仲間であることのアドバンテージってあるんですよね。やっぱり積み重ねてきた思い出の総量がただごとじゃないので。

何かパッと言ったらポンって返ってくるみたいな、同じ話を何百回も繰り返してきたなりの引き出しがめちゃめちゃある。そういうのはやっぱり貴重だなって思います。ただ、危機的なものが訪れるとしたら「エゴとの戦い」ですよね。どうしたって自分自分ってなりがちなところはあると思うんですよ。

そこってどうなされているんですか? 自分も学生時代の仲間とユニット活動しているので、個人的にもすごく気になります。

宇多丸
Mummy-Dを誘ったのは「日本語によるラップを確立し、日本にヒップホップを定着させたい」というビジョンを共有していたからなんですね。それが実現できれば俺たちが日本の音楽史を書き換えられるって、そんな志が最初からあった。

そのための曲作りでありライブパフォーマンスなので、例えば意見の相違があってもそれは良いものを作るための相違であって、喧嘩けんかではないよねっていうコンセンサスがあるんですよ。それがエゴを乗り越えるための秘訣ひけつなのかなって思います。
結成してから5〜6年は芽が出なかったし、つらい時期もあった。これでいけるってときに、俺の乗るはずだった電車が目の前で出ちゃったっていう。80年代末から90年代頭の電車に、スチャダラパーとかは乗ったよねと。

でも、相方と何度も話し合って、俺たちのビジョンは間違ってないのに世間でウケないのはなんでだろうね、そっか、日本にはまだ市場がないんだ、だったらその開拓から始めないとダメじゃんってことになった。

それが、音楽誌での批評活動や、ヒップホップの歴史や本質を論理的に解説していくことを始めるきっかけだったんです。俺たちの考えは間違ってない。ウケるまでやらないと負けたみたいじゃんって、意地になって続けていた時期もありました。そういう地道な筋トレみたいな時期を経て、少しずつ活動が広がっていったという感じですかね。その後、俺たちは90年代後半の電車に乗ったと。いやあでも、ちょっとあっちの電車にも乗りたかったかなぁ、本音を言えば。ハハハ。

そこにもソウルミュージック研究会GALAXYで培われた精神が生きているわけですね。

宇多丸
そうかもしれませんね。ただ思うのは、やっぱり最初の、若者特有の無限の調子こきがなかったら初めの一歩は踏み出せなかった。エンジンというか、ブーストというか、調子こきは超大事だと思う。

だから学生たちに言いたいのは、君たちは早稲田生だよ、何でもやれちゃうじゃんってことで。今はこの世のパラダイスなんだから、ガンガン調子こくべきですよ。大学生が今調子こかずして、もう二度と調子なんてこけないぞっていう(笑)。

ヤバい、最後に最高のメッセージをいただきました!

宇多丸
やっぱ若い頃思いっきり調子こいたそのパワーがいろんなところに自分を連れてってくれるというか。

それまで半径5メートルの世界しかなかった人を、それこそ日本さえ飛び越していろんなとこへ連れてってくれるのが若さのパワーだから。そこの一歩でボーンって行っとくと、視野も広がってそこでまた何かを見つけることができる。僕も大学入ってからいろいろ見つけたから。

だから何もない状態をそんなに不安に思わず、むしろ「可能性無限じゃない?」っていう。現状なら何にでもなれますよね、っていう。自分が井の中のかわずであることを思い知らされたりもするんだけど、それって超ワクワクすることだとも思う。

すごい人や変な人がたくさん集まってくるのが早稲田の面白いところなので、大学生の今、皆さんもガンガン調子こいてみてください。
プロフィール

ライムスター宇多丸(うたまる)

1969年、東京都生まれ。1994年、早稲田大学法学部卒業。大学在学中にヒップホップ・グループ「RHYMESTER(ライムスター)」を結成。日本のヒップホップ黎明れいめい期よりシーンを牽引けんいんし、今なお第一線で活躍を続けている。映画評やアイドル評もこなし、ラジオDJとして『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)のパーソナリティーも務める。著書に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)や『ライムスター宇多丸の映画カウンセリング』(新潮社)など。ライムスターは今年で結成30周年を迎え、全国ツアーを開催中。
https://www.rhymester.jp

清田 隆之(きよた・たかゆき)

1980年、東京都生まれ。文筆業。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。2005年、早稲田大学第一文学部卒業。大学在学中に桃山商事を立ち上げ、これまで1200人以上の悩み相談に耳を傾ける。著書に『生き抜くための恋愛相談』(イースト・プレス)、トミヤマユキコさん(2003年法学部卒、2012年文学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学学術院助教)との共著『大学1年生の歩き方』(左右社)などがある。6月に単著(晶文社)と桃山商事の新刊(イースト・プレス)が出版予定。
撮影:加藤 甫
編集:横田 大、裏谷 文野(Camp)
デザイン:中屋 辰平、PRMO
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