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合理的な農業は何を生むか?

プロローグ:歴史の変化を読む②後編 農業の近代化から飢餓と飽食の時代へ

kashiwa

人間科学学術院 教授 柏 雅之(かしわぎ・まさゆき)

1988年東京大学大学院博士課程修了(農学博士)。茨城大学教授、東京農工大学大学院教授(連合農学研究科)、バーミンガム大学客員研究員、ロンドン大学客員研究員などを経て現職。専門は環境経済学、農業経済学。主な単著に『現代中山間地域農業論』(御茶の水書房)、『条件不利地域再生の論理と政策』(農林統計協会)などがある。

>>プロローグ:歴史の変化を読む②前編はこちら

現代農業の功罪

戦後進行した農業現代化は先進国には豊かな食生活を、途上国には食料不足の軽減をもたらしました。他方、現代農業は「石油漬け農業」とも称されます。1950 年と1975 年の日本の水稲作で比較してみると、単収は1.53倍になったものの、エネルギーの投入量は5.15 倍に増えています。5.15 倍のエネルギーをかけても、収穫量はたったの1.53 倍。こうした高投入の農業のあり方はその持続性に問題をはらんでいます。

また、現代農法は土壌劣化、水資源枯渇や塩害など貴重な農業資源の損耗をもたらしています。これは先進国農業に限らず、「緑の革命」の進行した途上国においても例外とはいえません。さらに、「緑の革命」を積極的に導入した国の中には深刻な塩害が発生しているケースも少なくありません。農業経済学者の荏開津典生(えがいつふみお)氏は、「緑の革命」を典型とする近代農業への転換を、安定と秩序の破壊をもたらすものだと指摘しています。そして、その破壊は、新たな価値を生み出す「創造的破壊」なのか、混乱と対立をもたらす破壊なのかはまだ分からないと続けています。

2000年代の日本農業と自給率

 さて、日本の農業の「今」はどうなっているでしょう。戦後近代農業に舵(かじ)をきったとはいえ、いまだ日本の米づくりは小規模兼業農家が大部分を担っています。しかし、稲作の生産コストに対して収益性が低いため、このままでは耐えられないだろうというのがよく言われる見方です。
こうした中で日本の農業を活性化する方策の一つとして考えられているのが大規模借地経営路線です。これは、財界や特に小泉、安倍政権が強く打ち出してきた農政改革で、生産数量を抑制することにより価格を維持する減反政策を廃止し、兼業農家の離農もやむなしの姿勢を強く示すことで、農地流動化の加速を狙っています。こうして超大規模借地経営を可能にする下地づくりが進めば、強力な企業的農業経営が可能となり、日本の米輸出ビジネスの道も開けると主張されることもあります。

これに対し、農協などは集落営農(地域営農集団)路線という対抗案を提示してきました。兼業農家を含めて集落を単位とした合理的な営農システムの構築を図ろうというものです。最終的にどちらの方向に進むのかは分かりませんが、現時点で政府が向いているのは、大規模借地経営路線です。そのロジックはシンプルで分かりやすいですが、それにより兼業農家が退出し、こうした経営が水田農業の中心を担うようになった場合、日本の農地や水資源のどのくらいが守られていくかは不明です。ダイナミズムに溢れた利潤追求優先型の農企業ではありますが、これが地域農業・資源管理の面的な担い手であるかは別問題です。特に中山間地域では問題が大きい。そこでの農業は農地面積や農業粗生産額などの面で日本農業の4 割を占め、また多大な(農業の)多面的機能を供給してくれます。しかし生産条件は不利です。利潤追求優先型の農企業では中山間地域の農業や資源を面的には守り難い。そこでは行動原理の異なる日本農山村型の社会的企業や公民連携システムなどを検討していく必要があります。

先進国の年次別食料自給率

先進国の年次別食料自給率

日本の国内で食料問題が語られるとき、多くの場合、食料自給率の低さが真っ先に問題にあがります。実際に、アメリカ、カナダやフランスなどの先進国の食料自給率がカロリーベースで100%を優に超えているのに対し、日本では40%を切っています。輸入依存度の高さは、世界情勢に対してリスクをとることにつながるため、当然、国内自給率を上げる必要はありますが、一方で、供給過剰の農産物が廃棄されている現状も忘れてはなりません。そして、日本が食料輸入大国であるほど、世界の食料問題に目を向けるべきです。

先週掲載の記事では、21 世紀の農業に対する楽観論の中で市場の調整機能について触れましたが、もし、深刻な世界同時不作などが起こって世界全体の農産物供給が大きく減退した場合、先進国の食料消費量は大きく減少するわけではなく豊かな食生活に影響が生じる程度ですが、低所得国では消費量が大きく減少し、人々の生存に関わる深刻な事態ともなります。
早稲田大学では総合大学としての強みを生かした新たな重点的学際研究として、「農学(食・農・バイオ)」「環境・エネルギー」「超高齢社会」「安心安全社会」などを主とする戦略研究拠点の創出を目標にしています。そして新たな研究拠点として2014年に持続型食・農・バイオ研究所が設立されました。この戦略研究拠点を、世界の食料問題、日本の今後の食料問題を考える上での重要なプラットフォームにしていきたいと考えています。

 

(『新鐘』No.82掲載記事より)

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