【小西国際交流財団共催】響き合うことばの花束〜朗読で味わう日仏翻訳の世界〜 (2026/7/15)レポート

 

公益財団法人小西国際交流財団との共催企画として、2026年7月15日に、「響き合うことばの花束〜朗読で味わう日仏翻訳の世界〜」と題したイベントが開催されました。

このイベントには前史があります。2025年9月29日から11月3日まで、早稲田大学国際文学館と小西国際交流財団の共催で、「日仏文芸翻訳の歩み—古典から現代文学、Mangaまで」と題した展示を行いました。これは、小西財団日仏翻訳文学賞が30回目を迎えたことを記念したものであり、展示には多くの方々がご来場くださいました。

今回、早稲田大学国際文学館と小西国際交流財団とが再び共催し、朗読を通して翻訳の魅力を味わうイベントが企画されました。フランス語から日本語に翻訳された文学作品を題材に、国境や言語を超えたことばの響き合いを体験することがこのイベントの目的です。

そこで、SPAC−静岡県舞台芸術センターなどで活躍する俳優・宮城嶋遥加さんをお迎えし、「愛」をテーマとするフランス文学の翻訳作品をパフォーマンス付きで朗読していただきました。またパフォーマンスの後には、宮城嶋遥加さんと富山大学人文学部講師でフランス文学研究者の私・福島亮による対談を行いました。

「ねえコラン、音楽をかけてちょうだい」——来場者の方々が土星のオブジェの前でパフォーマンスの開始を待っていると、背後の階段——本棚の階段——から透き通った声が降ってきます。ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(野崎歓訳、光文社古典新訳文庫)の一節です。朗読は「あなたの好きな曲をかけて」と続き、宮城嶋さんがゆっくりと“舞台”へ降りてきます。『うたかたの日々』は主人公コランと、その恋人クロエを襲う病をめぐる物語です。この小説には、作者が愛したさまざまな音楽が登場します。とはいえ、この作品の「音楽性」は、そうした個々の音楽だけに限らないのではないか。むしろ、音楽を含む多様な聴覚的要素こそが、二人の愛と不可分なのではないか……。たとえば「あなたの好きな曲をかけて」という言葉は、病の影が差してゆく二人の蜜月にもう一度柔らかな光を与えようとするクロエの心づかいから出たものですが、そのような凛とした言葉が長めの地の文を一瞬切り裂くようにして発せられるところに、『うたかたの日々』の豊かな音楽性はある、と宮城嶋さんの朗読を聴きながら私は考えていました。朗読を聞くと、文字として文学作品を読んでいた時とは違う想像力が働きます。

違う想像力——それは、フローベール『三つの物語』(谷口亜沙子訳、光文社古典新訳文庫)のなかの一篇「聖ジュリアン伝」の朗読についても言えることでした。主人公ジュリアンが生まれたとき、彼の両親は奇妙なお告げを受けます。「汝の息子は聖人となるであろう」。ところがジュリアンは狩り好きの青年へと成長してゆき、次から次へと生類を殺戮してゆきます。ジュリアンはいかにして「聖人」になってゆくのか……。宮城嶋さんはパフォーマンスを交えながらこの緊迫した物語を声と身体によって上演しました。ジュリアンが、人間を超えた何かへの深い愛に目覚めてゆく過程が声を通してありありと浮かぶようでした。

聖ジュリアンの壮絶なドラマが終わると、おもむろに「猫」と「ハツカネズミ」の対話が始まります。じつはこれ、『うたかたの日々』の最後の場面なのです。これで終わりと思いきや、宮城嶋さんは来場者たちに配布されていた花に結ばれた紙を開くようにうながします。なんとそこには言葉が書かれているではありませんか。エマニュエル・ボーヴ『ぼくのともだち』(渋谷豊訳、白水社Uブックス)の一場面を構成する文章が、一文ずつ来場者の皆さんの手もとに配布されていたのです。それを一人ずつ順々に朗読してゆくと、「ぼく」の物語が広がってゆきます。響き合うことばの花束とは、文字通り、人々の声によって作り出される花束のことだったのですね。

対談では、俳優が言葉を解釈し、身体を通して表現することと、翻訳者が外国語を別の言語へと移すことの共通点が引き出されました。両者に共通するのは、テクストを読み解き、それを自らの“ことば”で表現することです。原文がもつ「響き」について語られることはありますし、たいていそれとセットで、原文がもつことばの「響き」は別の言語に翻訳してしまうと失われてしまうとよく言われます。だから、真の意味での翻訳などできないのだ、と……。けれども、翻訳されてもなお残る聴覚的なものもあるのではないでしょうか。地の文に切れ目を入れる科白、文章のリズムが作り出す緊迫感、翻訳者が選んだ単語の響き、あるいは登場人物たちの「声」……。書物というものは、単に黙読するだけにとどまらず、声に出したり、聴いたりすることで無限の可能性を芽吹かせる秘密の種子のようなものであることが今回のイベントによってはっきりとしました。

(富山大学学術研究部人文科学系講師 福島 亮)

 


宮城嶋 遥加(みやぎしま・はるか)

静岡県市出身。静岡大学在学中にSPAC『ロミオとジュリエット』でデビュー。俳優として国内外の舞台に立つ。主な出演作品に、SPAC『イナバとナバホの白兎』、静岡県文化プログラム「かぐや姫、霊峰に帰る」、フランスの馬術劇団による「Lunar Comet」など。東アジア文化都市2023静岡県メインビジュアル起用。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。ワークショップ講師や演劇の手法を活用した企画のプロデュース等、多様な活動を展開している。

福島 亮(ふくしま・りょう)

富山大学学術研究部人文科学系講師。共著書に『クレオールの想像力―ネグリチュードから群島的思考へ』『異邦人のフランス語圏文学―立花英裕と「世界−文学」の想像力』ほか。編著書に『私という群島―今福龍太 環カリブ海論集』、共訳書にアラン・マバンク『アフリカ文学講義―植民地文学から世界–文学へ』トリスタン・ガルシア『〈私たち〉とは何か―一人称複数の哲学』ほか。小西財団日仏翻訳文学賞第30回記念事業組織委員として展示「日仏文芸翻訳の歩み―古典、現代文学からMangaまで」に参加。


【開催概要】
・開催日時:2026年7月15日(水)18時30分~20時
・会場:早稲田大学国際文学館 地下1階
・共催:早稲田大学国際文学館、公益財団法人小西国際交流財団

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