コンサート&トーク「大西順子×ヤマザキマリ ―自由を奏で、世界を描く」(2026/3/3) レポート
2026.03.30
- 文化
- 文学・芸術
国際文学館副館長 佐久間由梨
2026年3月3日、国際女性デーに先駆け、「女性ジャズフェスティバル」のメインイベントとなるコンサート&トーク「大西順子×ヤマザキマリ 自由を奏で、世界を描く」を大隈記念講堂にて開催し、およそ800名の方々にご来場いただきました。

ジャズ・ピアニストの大西順子さんと、漫画家・文筆家・画家のヤマザキマリさんは、1967年生まれの同い年です。1980年代にそれぞれアメリカとイタリアに留学し、ジャズと美術を専門的に学んだ後、人々の心に残る作品を世に送り続けてきました。
前半部は大西順子さんによるソロ・ピアノ・ライブです。高校卒業後、バークリー音楽大学に留学し、1994年には日本人として初めて自身のグループを率いて、ニューヨークの名門ジャズ・クラブ、ヴィレッジ・ヴァンガードにも出演された大西さん。作品ごとにジャズの歴史に真摯に向き合い、研究と鍛錬を重ねながら新たな挑戦を続ける姿勢には、いつも心を動かされてきました。今回のライブでも、イベント翌日にリリースされ、ソロ・ピアノという新境地への挑戦となる『American Classics』からの作品を披露いただきました。

一曲目は、大西さんが敬愛するジャズ・ピアニスト、アート・テイタムもソロで演奏しているスタンダード曲「Smoke Gets in Your Eyes」「Memories of You」「Lover Come Back to Me」「Stardust」のメドレーです。二曲目は、女性ジャズフェスティバルにちなみ、ジェリ・アレンの「When Kabuya Dances」を演奏してくださいました。アレンは女性ジャズ奏者の歴史を記録し、女性奏者の教育に尽力し、ジャズ界のジェンダー平等を推進してきた立役者の一人です。三曲目は、ルイ・アームストロングがベトナム戦争期に歌い、今では世界中で知られている「What a Wonderful World」(「この素晴らしき世界」)です。
ソロ・ピアノの余韻に浸りながら始まった後半部のトークに登壇されたヤマザキマリさんは、17歳でフィレンツェの国立アカデミア美術学院に留学後、エジプト、シリア、ポルトガル、シカゴなど世界各地での生活を経て、『テルマエ・ロマエ』をはじめとする作品を発表してきました。なかでも、本イベントにお招きするきっかけとなったのが、ヤマザキさんが監修した『Woman’s Style 100』「世界の女性偉人たち」と「日本の女性偉人たち」の二冊です。いまよりもはるかに女性の社会進出が困難だった時代に、自分自身であることを恐れずに生き抜いた女性たちが紹介されています。
ヤマザキさんのお母様はプロのヴィオラ奏者で、ヤマザキさんご自身もボサノヴァを複数の言語で歌っています。大西さんの演奏の感想を伺ってみると、「楽屋ではまだ演奏曲も決まっておらず、鼻水が止まらないという話題で盛り上がっていたのに、本番になると瞬時に炸裂して、緊張感が凝縮された形でものすごいものが発揮された瞬間だった。素晴らしい演奏でびっくりしました」と、感銘を受けたご様子でした。
実は大西さんとヤマザキさんは、楽屋で出会った瞬間から、漫画や健康の話で意気投合していたのです。大西さんは漫画に詳しく、漫画家の先生方を尊敬していらっしゃるとのこと。舞台上でもお二人は初対面とは思えないほど息がぴったりで、海外の床屋で強烈なパーマをかけられたという共通体験があることが判明すると、会場は爆笑に包まれました。

まず「私のターニングポイント」というテーマで、若き日の修業時代についてお話しいただきました。大西さんは、無知だったからこそ余計なことを考えず、恥ずかしさもなく突っ走る勇気があった、それが若さだったと振り返ります。一方、ヤマザキさんは、自分の強い意志というよりも、運命に身を任せた結果だったと語ります。
計画的かつ慎重に人生設計をする生き方もあると思いますが、若さや勢いのおもむくまま、偶然や運命にあらがわず、とりあえず飛び込んでみるという生き方もあるのだと、そう感じた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
続くテーマは「表現とは何か」。大西さんは、ジャズの先人たちと共演する機会を持つなかで、ジャズの歴史に真剣に向き合う覚悟を持つようになったこと、また、自分の思いで演奏してきたものの、それが常に聴衆を満足させているとは限らないという葛藤と向き合いながらも、なおも表現を続けていると語ります。
それに対しヤマザキさんは、「結果がついてきているということでしょう」と応じつつ、表現者は精神面における第一生産者なのだと語ります。芸術はしばしば生産性がないと見なされがちですが、農作物が身体の健康を支えるように、芸術や表現は人間の精神の枯渇感や空腹感を満たすために必要なものなのだと指摘しました。


「若い世代へのメッセージ」もいただきました。ヤマザキさんは、人生に予定調和はなく、どのような状況でももちまえの人間力——精神性、考える力、傷つく力、落ち込む力——それらすべてを発揮しながら生きていくことを伝えました。大西さんは、紆余曲折も一本の道なので、焦らず楽しみながら一日一日を生きてほしいと語りました。
世界を舞台に活躍する芸術家として順風満帆の人生を歩んできたかのように見えるお二人ですが、国境や世間体の枠を越え、アジア人女性としてキャリアを重ねていくための努力は並大抵のものではなかったはずです。そんなご自身の過去を俯瞰し、困難の経験ですら笑い飛ばしてしまうお二人の姿から、勇気と生き方のヒントをもらったひと時でした。
そしてなにより、女性芸術家同士が、お互いをリスペクトしながら率直に語り合う場に司会者・企画者として同席できたことはかけがえのない体験でした。「女性ジャズフェスティバル」の一連のイベントでやりたかったこと、それは、女性同士が互いに敬意をはらいながら芸術創造、研究、批評をしてきた歴史があることを伝えることだったのだと気付きました。
国際文学館顧問のロバート キャンベルさんからは、まとめのお話をいただきました。イベントの3日前に始まった戦争をはじめ、能登半島地震、侵略や殺戮といった出来事が続き、人々の他者に共感するキャパシティ、心のメモリがすり減っていくように思えてはならない近年ですが、大西さんの演奏を聴き、メモリが回復し、人に対して優しくなれる気持ちがよみがえってきたそうです。その背景には、ジャズが誕生時から現在に至るまで、抑圧され隅に追いやられてきた人々にとってのsafe haven(避難所)として、さまざまな背景をもつ人々が集い、互いを問い詰めたりジャッジしたりしない空間を育んできた歴史があるのではないかと結ばれました。

最後に、本イベントにご支援くださった皆さまに心より御礼申し上げます。クラウドファンディングにご支援いただいた皆さま、本当にどうありがとうございました。おかげで二階席の学生の皆さんを無料でご招待することができました。経済的な理由で芸術文化に触れる機会が限られている学生も多い今、大学が本物の芸術の場を提供していくことには大きな意義があります。そして、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)をはじめとする職員の皆さま、企画から当日までの運営や会場設営にご協力いただいたTOKYO FMの皆さまにも心より感謝申し上げます。

大西順子
ジャズ・ピアニスト。1967年京都生まれ。東京に育つ。1989年、バークリー音楽大学を卒業、ニューヨークで活動を開始、1993年のデビュー作『WOW』でスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞などを受賞。94年に日本人として初めて自身のグループを率いてニューヨークの名門ジャズ・クラブ、ビレッジ・バンガードに出演し、世界的な注目を集める。2020年にスタートした作家・村上春樹の音楽イベント「MURAKAMI JAM」では、毎回音楽監督を務める。常に新たな挑戦でジャズに真摯に向き合い、これまで20枚以上のリーダー・アルバムを発表してきた日本人女性ジャズ・ピアニストを代表する存在である。近年はバンド編成と並行してソロでの活動も積極的に行い、2026年3月キャリア初のソロアルバム『American Classics』をリリース。
ヤマザキマリ
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学 国際文化学部国際文化学科 特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。1984年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中。
【開催概要】
・開催日時:2026年3月3日(火)18時30分~20時
・会場:早稲田大学大隈記念講堂 大講堂
・主催:早稲田大学国際文学館
・協力:TOKYO FM
※募集時の案内はこちら
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