Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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経済分析とパラメータ推定:より良い社会に向けた「効率性」の追求
深澤 武志 講師

深澤 武志 講師

私の研究の主な関心は、現実の市場や制度が「効率的」に機能しているか、社会的に望ましい結果をもたらしているかを明らかにすることで、これまで、省エネ、製品の耐久性、企業間合併に関する競争政策、日本のふるさと納税の制度設計等について経済学の実証分析を行ってきました。こうした実証研究では、大規模データや複雑な推定手法を用いることもあり、分析に要する計算時間や計算負荷が研究の制約となる場面も少なくありません。そこで私は、これらの計算負荷を軽減するための手法的な研究も行ってきました。省エネなど環境系の経済学研究を進める中で、計算に少なからぬ電力を消費しており、その研究過程自体が必ずしも省エネとはいえないのではないか、という問題意識も、本研究に取り組むきっかけの一つとなっています。

以下では、私が最近取り組んでいる三つの研究(電力、耐久性、最適化)について簡単に紹介します。電力と耐久性は経済学の実証研究であり、最適化は、それらの分析を支える手法的な研究です。最後に、今後の展望について記します。

電力:火力発電所が非効率に運用されていないか?

地球温暖化対策において、既存の火力発電所の効率的な運用は欠かせません。現在の電力市場は、基本的に「発電コストの小さい効率的な発電所」から優先的に稼働するように設計されています。しかし、私の研究では、これまで見過ごされてきた「企業間の燃料価格の差」が非効率な発電所の運用や必要以上の燃料消費を生んでいる可能性を指摘しています。

例えば、図1のように、企業A, Bがそれぞれ、熱効率50%, 60%のLNGガス火力発電所を所有している状況を考えます。この場合、本来であれば、発電効率のよい企業Bの発電所が優先して利用されるのが良さそうです。しかし、企業Bの想定するLNGガスの燃料価格が、企業Aの想定する燃料価格よりもかなり高い場合、現在の市場設計では、企業Bの発電所の利用に伴う費用は高いとみなされ、効率の悪い企業Aの発電所が優先して使われることになります。企業間で「燃料価格」に差が出るような状況は、燃料購入契約等の要因で十分ありえ、特に燃料価格が激しく変動している時期に顕著になりがちです。現在私の進めている実証研究によれば、まだ暫定的な結果にはなりますが、2021年秋のLNGガス価格の急騰期に、「企業間の燃料価格の差」に起因して日本のLNGガスの消費量が5~10%ほど増加し、日本のCO2排出量(全部門合計)が1%程度増加していたことが示唆されます。企業間の燃料価格の差を踏まえた望ましい市場制度設計に関しては政策的にもこれまで議論が乏しく、更なる検討が求められます。

図1:燃料価格と各発電ユニットの発電コスト(限界費用)
注:限界費用一定, 所内率2.3%, 燃料の熱量54.7MJ/kgの設定。

耐久性:社会的に望ましい耐久性とは?

製品が長持ちすることは、消費者には一見プラスですが、企業にとっては、耐久性が高いと将来の買い替え需要が減り、企業の長期的な利潤が減ってしまう可能性があり、企業が意図的に耐久性を引き下げる可能性もあります(計画的陳腐化)。また、製品の耐久性が高いと廃棄物排出量や天然資源使用量は減る傾向にあり、近年の環境政策では、サーキュラーエコノミー(循環経済)的観点から、高耐久性が重視されています。

私の研究では、そういったトレードオフを考慮したときに、どの程度の製品の耐久性が社会的に望ましいのか、電球を例に、経済学(特に、産業組織論)的な観点から実証分析を行っています。この問題に直接的に回答を試みる経済学の実証研究というのは管見の限りではなく、私の研究では、電球を例にして、その実証分析のフレームワークを提示しています。

最適化: どのように効率的にパラメータを推定するか?

下のような式で表される、制約のある(連続)最適化問題というのは様々な分野で現れます。

この問題では、G(θ)=0という条件を満たす範囲で、関数Q(θ)を最小化するようなパラメータθを求めます。一般に、手計算で問題を解くのは難しく、関数の微分などの情報をもとに、値を少しずつ更新していく操作を、値が解に十分近いと判断できるまで繰り返します。

上述の耐久性の分析が依拠している経済学の構造推定と呼ばれる手法では、複雑な制約付き連続最適化問題を解く必要がしばしば生じ、コンピュータで解ききるのに数日かかるようなことも稀ではありませんでした。そういった計算時間の短縮の必要性に迫られたのが、この分野に関心を持つようになったきっかけです。なお、このような問題は、天気予報をはじめ、自然科学も含めて様々な分野で現れます。

制約付き最適化問題については、数値計算分野では汎用アルゴリズムが開発されてきた一方、経済学分野では、統計学的知見を活かした個別の経済学モデルを対象とした手法が開発されてきました。私の研究では、経済学と統計学の知見を踏まえつつ、特定の経済モデルに依存しない汎用的な最適化アルゴリズムを開発しています。

制約付き最適化では、ラグランジュ乗数という値が重要になってきます。一般に、問題を解かないと具体的な値はわかりませんが、統計的な問題設定(最尤法、誤差項が正規分布に従うような最小二乗法など)では、データ量が十分大きい場合にラグランジュ乗数が0に近くなる、ということが証明できます。この性質自体は、統計的検定の分野ではよく利用されていますが、数値計算的な方面では十分利用されてきませんでした。私の研究では、まず、パフォーマンスの良いこれまでの経済学分野の手法が、暗黙のうちにこの性質を利用していたことを示しつつ、この性質を踏まえ、これまでの経済学系の手法よりも汎用性があり、統計的な意味での効率性も併せ持ったアルゴリズムを提案しています。そして、経済学分野のいくつかの例で既存手法より5倍近い計算時間の短縮を達成しうることを示しています。

制約付き最適化については、AIの基礎になっている深層学習でも近年取り入れられつつあります。例えば、物理法則を表す式を制約として組み込む、Physics-informed Neural Networksという手法が近年多くの研究で応用されています。上記の統計学的な考察はこういった手法に関しても示唆があるところで、その方向でも考察を行っています。

今後の展望

近年、AI等の普及で電力需要の増加が予想されているところで、計算負荷が大きく、電力消費の大きくなりがちな手法・アルゴリズムのさらなる効率化、省エネ化が求められます。経済学の分析における計算については、まだ社会的に問題になるほどまでには至っていませんが、計算コストが大きく、高性能の計算機を利用可能な研究者しかできないような経済学の分析は、分析の再現可能性等の観点からも望ましくありません。経済学の一つの目標は、電力や計算資源を含む希少な資源をいかに効率的に配分するかを明らかにすることです。私は、望ましい政策について経済学的な分析を行うだけでなく、その実現を支える技術的課題にも取り組んでいきたいと考えています。

私は、大学院以降、経済学を専門としていますが、学部での専攻は数学で、数理統計学のセミナーに属していました。社会的な問題を数理的ツールも用いて分析したい、という関心は一貫しており、その延長として現在の研究に取り組んでいます。最適化に関する研究は、統計学、数値計算、機械学習にまたがる領域ですが、計算効率や省エネルギーの観点からも重要であり、経済学における分析に対しても、長期的に有用な示唆を与えると考えています。今後も、経済学研究をベースとしつつ、他分野の知見も取り入れ、幅広い視野で研究を進めていきます。

図2:実証分析と手法的研究の関連

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