Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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物理学のアイディアを数学へ:ミラー対称性とストークス構造
社本 陽太 講師

社本 陽太 講師

数学的な主張を明確に言語化

私の専攻は数学です。数学と言えば方程式など式を解くイメージが強いですが、私は、数学的な主張を数式や数学の言葉を使って明確にすること(定式化)が好きで、主にそのような研究をしています。中学や高校の数学で登場する証明問題に近いかもしれません。私は昔からモノの本質を理解することが好きで、ぼやっとしたものを頭の中で整理して、それがきれいに記述できたときに感動を覚えていました。そうした経験が今の自分に繋がっています。

物理の問題を解く際に数学の概念が使われるのは一般的です。しかし最近では逆に、数学を解く際に物理学のアイディアを応用する流れがあります。有名なのはポアンカレ予想です。ロシアの数学者グリゴリー・ペレルマンが、物理的なアイディアを使って、約100年間解けなかったこの数学の問題を解いています。

私の研究にも物理の「ミラー対称性」という理論のアイディアが深くかかわっています。「ミラー対称性」とは、超弦理論(素粒子はある種の極小の「ひも」であるという理論)と呼ばれる物理学の理論において、AモデルとBモデルという2つの違う理論モデルが、あるパラメータで、同等の物理現象を記述していることを指します。簡潔に言うと、「2つの異なる空間において、異なる方法で記述されたモデルが、同じ結論を導く」という予想です。この予想によれば、それぞれの理論モデルを記述する数学も同じものになるはずですが、実際に記述してみると数学そのものはまったく異なっています。そこで2つの理論モデルを記述する数学からそれぞれの「構造」を取り出し、その構造が等価であるとして、理論の等価性を定式化する、という方法がとられています。

同じ物理現象を表す異なるモデルから、それぞれの数学を取り出す

超弦理論の「Landau-Ginzburgモデル」(以下LGモデル)から、数学の「微分方程式」と「圏」を取り出すことができます。圏とは対象物とそれらを結ぶ矢印の世界のことで、数学などでよく用いられる概念です。取り出された微分方程式と圏はまったく違うものを表しているように見えますが、この2つはLGモデルの幾何(図として表すことができるもの)を通して関連を明確に記述できることがわかっています。

このLGモデルにミラー対称性の知見を適用すると、シグマモデルという同じ物理現象を表す異なる空間のモデルが存在します。そして、シグマモデルからも微分方程式と圏を取り出すことができます。シグマモデルとLGモデルの各微分方程式の間、各圏の間にはミラー対称性が成り立つと予想されます。しかし、シグマモデルにおける圏と微分方程式の間の関係はLGモデルのように幾何で表すことができないため、シグマモデルの微分方程式と圏の間の関係は数学者からみて非常に興味をそそられるミステリアスな対応となります(図1)。

図1. LGモデルとシグマモデルの関係性を表した図

微分方程式と圏から等価のストークス構造を取り出す

この対応は、 ドゥブロビン予想として限られた空間(ファノ多様体の一部)では定式化されていましたが、適用範囲を広げてより一般的にする必要がありました。

そこで私は、シグマモデルから取り出された微分方程式と圏から、それぞれ「構造」を取り出し、両者の構造が等価であるという定式化を行いました。まずシグマモデルの微分方程式において、解をすべて集めると「ストークス構造」と呼ばれる構造を取り出すことができます。

ストークス構造とは、非常に単純化した例で示すと以下のようなものです(図2)。

図2. ストークス構造を示す非常に単純化した例

この関数の特異点(定義されないとして除外される点)はx=0です。特異点に注目してグラフを見ると、xが正の値をとりながらゼロへ近づいていくと無限大に発散し、xが負の値をとりながらゼロに近づいていくと0に収束していきます。この時、特異点である0を超えると不連続に挙動がジャンプするという現象が起きています。このような微分方程式の特異点の周りにおける挙動をストークス現象といい、この現象はストークス構造を表しています。

次に、シグマモデルにおける圏からも「脱圏化」という手法を用いて構造を取り出すと、この圏からも「ストークス構造」を取り出すことができました。微分方程式と圏からそれぞれ同じ「ストークス構造」を抽出できたのです。ドゥブロビン予想ではストークス行列で定式化していましたが、それよりも適用範囲の広いストークス構造という言葉で定式化したので、より広範囲(ファノ多様体の全てと期待される)に応用可能な予想へと拡張できました。

現在はこのストークス構造を、微分方程式だけでなく、差分方程式の構造を扱えるような形に拡張して、差分方程式と圏論の関係を定式化することを目標に研究を行っています。

取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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