Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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温泉地をヒントに音楽の聴取環境を考える
葛西 周 講師

葛西 周 講師(2021年7月当時)

音楽を聴くのが主な目的ではない場所での音楽体験に焦点を合わせる

私の専攻は音楽学です。近代以降の日本で、音楽がどのように聴かれてきたのかを研究しています。コンサートやライブ会場のような「音楽を聴くための場所」で、どのように音楽が聴かれてきたかについては、これまでの研究で議論がなされてきました。しかし実際に音楽を聴くのは、常にそのような場所とは限りません。例えば、ショッピングセンターで太鼓の演奏を耳にしたり、駅のホームで電車の発車メロディが聞こえてきたり、コンビニエンスストアに足を踏み入れたときに入店音が流れてきたりなど、私たちは偶発的に音楽を聴くことも多いのです。私はそのような「音楽を聴くのが主な目的ではない場所」に着目しています。

音楽との関わりは、2歳でピアノを習い始めたことが起点です。幼稚園のときはギターに憧れて、ティッシュ箱に輪ゴムを張って遊んでいたら、ギターは大きいからと代わりにウクレレをもらえて、よくかき鳴らしていたことを覚えています。キリスト教系の中学ではハンドベル部に入り、高校では課外でパイプオルガンと合唱を習い、部活では軽音楽部に入ってバンドでギターを弾くなど、進んで音楽との接点を持ち続けていました。そして高校の音楽の先生が、民族音楽をはじめ私が知らなかった沢山の音楽について授業で教えてくださったことをきっかけに、もっと広い視野で音楽について調べ、考えたいと思い、音楽学への道を志すようになりました。大学に入ってからは日本音楽史を専門としながら、チェンバロ、二胡、三味線、雅楽などの実技を学んできました。今後はスティール・ギターに挑戦してみたいです。このようなさまざまなジャンルの音楽体験は、音楽学を研究する私にとって強みになると思っています。

温泉地での音楽体験とパフォーマンス空間・形式との関係性を探る

音楽を聴くのが主な目的の場所ではないものの、音楽を聴く機会が多い場所として、「温泉地」を研究の対象にしました。大学院生の時に『錦絵にみる日本の温泉』(木暮金太夫 編/国書刊行会)に出会い、歌や三味線など温泉地での座敷芸の様子を描いた錦絵を目にしたのが契機です。

偶発的に音楽を聴く場所の典型である温泉地で、人々はどのように音楽を聴いているのでしょうか。まず、舞台や客席といったパフォーマンス空間に注目してみます。温泉地でのパフォーマンスは図1、図2のように、ホテルのロビー、イベントスペース、宴会場といった人々が出入りしやすい場所でしばしば行われます。舞台と隣接する温泉やお土産売り場などの施設との間に仕切りがない、開放的な空間によく見られる点も特徴です。

図1、左はホテル内のお土産売り場近くに設けられた広場での湯もみショー(草津温泉のホテル櫻井)、右はホテルのフロント前での金管四重奏(同じく草津温泉の喜びの宿 高松)

図2、会議場を芝居の会場にして、観劇中に飲食できるようテーブルを並べ、客席とは向かい合わない方向にステージを配置している(舘山寺温泉のサゴーロイヤルホテル)

そして客席の環境は、人々の音楽の聴き方を左右する要素です。「音楽を聴くことが主な目的である場所」では、例えばクラシック音楽のコンサート会場で咳をすると周りから咎めるような態度がとられるなど、観客の間で「適切なふるまい」を強制するような一種の同調圧力が働きがちです。一方温泉地の客席では、パフォーマーの熱心なファンから通りすがりの温泉客まで、モチベーションが異なる観客が集まることが通例なので、観客の間で互いの聴き方に対する干渉は特にありません。出入りも自由、会話も自由、飲食も自由といった「散漫な聴取」をも受け入れるような環境が生み出されています。

温泉地でのパフォーマンスの内容を見てみると、古典芸能、郷土芸能、民族音楽、クラシック、ジャズ、ポップスなど幅広いジャンルの歌や踊り、演奏、芝居の中から、初心者にもわかりやすい部分を短く抜粋して組み合わせた「レビュー形式」で披露される傾向にあります。レビュー形式を日本に導入した宝塚歌劇団も、その起源は宝塚新温泉の余興です。

このように、温泉地の舞台や客席の開放的なつくりが、自由で散漫になりがちな聴取環境を生み出し、そのような環境でたまたま居合わせた人も楽しめるようにパフォーマンスが構成されている、といった、パフォーマンス空間・形式と音楽体験に見られる相互作用について検証しようとしています。

今後の研究:「温泉地」と「ハワイ」イメージはいかに結び付けられてきたか

温泉地には、スパリゾートハワイアンズのある福島県いわき湯本温泉や鳥取県はわい温泉、鹿児島県指宿温泉など、「日本のハワイ」や「東洋のハワイ」を謳っている所があります。

一見関係がなさそうな「温泉」と「ハワイ」がなぜ結びついたのでしょうか。これまでの調査で、エキゾチシズムやノスタルジアを喚起するような「憧れの楽園」としてのハワイのイメージが、温泉地をリゾートとして演出するのに用いられたことがわかっています。観光地で別の地域の文化を借用したり、移植したりするときに、聴覚的な演出に頼る例は多く見られます。そこで私は「ハワイアン音楽」に注目し、どのような形で温泉にハワイのイメージを定着させようとしてきたのか、研究を進めていきたいと考えています。

取材・構成:四十物景子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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