安中 進 講師(2021年1月当時)
その制度でコロナの死亡者数は本当に減らせるのか
2020年10月現在、世界中の国々が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策としての政策・制度を次々に打ち出しています。そして、マスメディアは、世界各国の政策や専門家による見解を日々報じています。しかし、なかには首をかしげたくなる見解も報道されています。
たとえば、あるテレビ報道番組では、ドイツでCOVID-19による致死率が抑えられている一因としてかかりつけ医制度が紹介されました。しかし、その当時、世界一死亡者が多かったイタリアでも似たような制度は運用されていました。ドイツの致死率の低さは、他の要因のほうが大きいのではないかという疑問がわいてきます。
私は、そういった疑問に正確な答えを出すために、多くのデータを統計的・計量的に分析する研究をしています。なかでも私は社会問題を政治経済学的に分析しています。医学的な分析ではなく、政策や制度がどう社会問題に影響するのか研究しています。
計量的に分析して初めて明確になる関係
かかりつけ医制度の事例は、ドイツ一国の一部の制度だけに着目していたために、あたかもその制度が有効であるかのような言説につながってしまったのです。そこで、まず、共著者と私は78ヵ国のデータを使った分析をしました。
研究には、WHOのデータベースやジョンズ・ホプキンス大学の発表データをはじめとする信頼性の高いデータを使い、COVID-19による死亡者数と社会経済的変数(政策・制度・社会状況)にどのような関連があるのかを統計的に分析しました(表1はCFR[陽性者数に対する死亡者数の割合]、表2は人口10万人あたりの死亡者数)。CFRについてと、人口10万人あたりの死亡者数についての2種の分析をしたのは、共通する社会経済的変数を探し、信頼性の高い結論を得るためでした。
表1、表2で係数に*や+印がついている変数は死亡者数と相関があることを示し、係数が正(負)であるときは、その変数が増える(減る)と死亡者数が増えることを意味します。表1、表2ともに係数の値の符号が同じで*や+印がついている変数は、「病床比」と「65歳以上人口割合」のみでした。この研究から、われわれは、COVID-19による死亡者数が少ない要因は、「病床数が多い」「65歳以上人口割合が低い」という社会経済的要因であると結論づけました。
これは、2020年3月31日時点の分析です。今後、医師数や政治体制(民主主義度)なども分析に加え、最近の状況を分析していきたいと考えています※。
また別の手法で、151ヵ国のデータを用いて、政策はどのような出来事を契機として発令されるかという分析もしています。図1は医療系以外の政府の介入政策(Non Pharmaceutical Interventions,以下NPIs)が、どういうコロナ状況を契機に施行されたのかを示しています。NPIsとは、移動制限や店への休業要請、罰則の有無などです。
図1の横軸は分析している日から何日前の死亡者数(death)や陽性者数(confirmed)との関連性を分析しているのかを表しています。縦軸は死亡者数や陽性者数がどれほど強くNPIsへの影響を及ぼしているかを表しています。図1では、同じ日数(たとえば、-5 death と -5 confirmed)を比較すると死亡者数よりも陽性者数に反応してNPIsが打ち出される傾向にあり、しかも即時的(Lagged daysが小さいうち)に実行に移されていたことがわかります。
図2も日ごとのデータを分析した結果で、NPIsを実施し始めてから何日後に死亡者数減少の効果があらわれるかを示しています。NPIsを実施しても、20 -30日くらい経たないと十分な効果が得られないという結果です。また、その効果はその後数十日の間なだらかに続いています。
実験的手法や計量経済史(クリオメトリックス)で社会を客観的に分析
COVID-19の統計的分析は大きな研究テーマとなりましたが、私は、他にもいろいろなテーマに関心があり、様々な研究手法を活用しています。
たとえば、サーベイ実験という手法で、どのような税制が望ましいと思っているのかについて、収入や支持政党、思想信条によって何か傾向があるのかといったことを、綿密に設計した質問に数千人の人に答えてもらうことで明らかにしてきました。
また、戦争裁判の証言記録や明治・大正期の内務省統計などのデータを活用した計量経済史にも取り組んでいます。これまで逸話的に語られてきたトピックスをデータや史実からひも解いており、これからもこうした試みを続けていくつもりです。
私は、北朝鮮の貧困問題やリーマンショック問題と政策や制度の関係に興味をもち、研究の世界に入りました。これからも、くらしや社会の制度を客観的に分析する研究を続けていきたいと考えています。
※ 雑誌『公共選択』に掲載予定
取材・構成:大石 かおり
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School