Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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古代エジプトにおける人体の表現法を彫像の3Dモデリングにより明らかにする
安岡義文 講師

古代エジプトにおける人体の表現

エジプトでは、紀元前25世紀の古王国・第5王朝時代から、人体の各パーツを一定の比率に定めて人体を描くようになりました。紀元前21世紀の中王国時代になると、人体を方眼格子(グリッド)に当てはめて各パーツを描くグリッド・システムが用いられるようになります。足裏から髪の生え際までの高さを18分割したシステム(図1)が、アマルナ時代を除き1400年以上にわたって使われました。

図1:中王国時代に使われたグリッド・システム
足の底を通る水平線を0、額のいちばん上の髪の生え際を通る水平線を18とし、そのあいだを18個のグリッドに分割する。

 

ところが、紀元前7世紀の末期王朝時代になると、新しいグリッド・システム(図2)が使われるようになります。髪の生え際が基準ではなくなり、上端の基準線は不明確になりました。紀元前1世紀にギリシア人の歴史家シケリアのディオドロスにより書かれた『歴史叢書』に、この新しいグリッド・システムによる彫像の制作についての記載があり、そこには「21と1/4」という記載があります。その解釈についてはこれまでに多くの議論がありましたが、広く受け入れられているのは1968年にエリック・イヴェルセンにより提唱された説で、21は正方形のマス目の単位で数え、1/4はcubitという単位で数えているというものです。cubitは肘から指先までの腕の長さを表す当時の単位で、正方形の6マスにあたります(図2)。よって1/4 cubitは1.5マスであり、全体は21マス+1.5マス=22.5マスとなり、22.5の水平線がちょうど頭のてっぺんを通るという主張です。この解釈は、当時、広く受け入れられました。

図2:末期王朝時代に新しく使われるようになったグリッド・システム
それまで基準点とされていた髪の生え際は基準点ではなくなっている。額に近い21の水平線は決まった点を通らず基準線にはなっていない。肘から下の腕の長さは6マスで描かれている。

 

しかし私は、この解釈は不自然だと感じました。イヴェルセンの解釈が正しいとすれば、なぜ、ディオドロスは最初から「22と1/2」と記載しなかったのでしょうか。また、ディオドロスは彫像の制作について述べているにもかかわらず、これまでの研究はおもに絵画やレリーフを対象としていて、彫像はほとんど扱っていないことも疑問でした。

博物館の彫像の3Dモデリング

そこで、私は、写真測量の技術によって彫像を分析することにしました。古代エジプトの彫像を保有するいくつかの博物館から許可をうけ、回転台に載せた彫像をデジタル・カメラでさまざまな方向から撮影し、300~500枚の画像からコンピューターにより3Dモデリングを行います(図3)。これまで、曲面の多い3次元の彫像から2次元の数値を正確に求めることは困難でしたが、現代のテクノロジーによりそれが可能になりました。
分析の結果、ディオドロスの記載した「21と1/4」という数字は、そのまま解釈してよいとの結論が得られました。新しいグリッド・システムにおいても、人体は「21+1/4」マスのグリッドにより描かれていたのです。彫像により多少のズレはありましたが、「21」の水平線は上瞼と眉のあいだを通ります。そこから髪の生え際までが「1/4」マスでした。

図3:座った女性の彫像の3Dモデリング(ベルギー王立美術歴史博物館 蔵)
彫像の台座の部分にはグリッド線が残っている。そのマス目で21の水平線は上瞼と眉の間を通っており、そこから髪の生え際までが1/4マス。

なぜグリッド・システムは改変されたのか

末期王朝時代になって、それまで約1400年にわたり使われてきたグリッド・システムが改変されたのは、なぜでしょうか。3Dモデリングの結果、描かれた人体の比率はグリッド・システムが変わってもほとんど変化していませんでした。このことから、このグリッド・システムの改変は、人体の外観を変化させるためのものではなく、人体の表現に対する思想の変化によるものだと考えました。
当時、腕の長さは、1 cubit=6マスで描かれましたが、さらに、その1マスは指4本の幅であり、当時の単位では1 palmと呼ばれました。このことから、人体を表現するのに、指4本の幅を単位として、その6倍を腕の長さと定め、それに合わせてグリッドを設定したと想像されます。基礎となる1つの単位を定め、その倍数によって人体を表現しようとしたのです。それまではグリッドが先にあり、それに人体を当てはめていましたが、この新しいシステムでは人体の理想的な比率とグリッドとが一体化されたと考えられます。

西洋文明の源としてのエジプト

紀元前1世紀にローマ人の建築家ウィトルウィウスにより書かれた最古の建築書である『建築十書』には、神殿の設計の際に、1つの単位を定め、パーツの大きさをその倍数として決めるモジュール・システムについての記述があります。また、人体の比率についても記載があり、人体と神殿とを対比させて神殿の理想的な比率を論じています。これは、古代エジプトにおける新しいグリッド・システムの思想を引き継ぐものといえるかもしれません。このことから、西洋文明の起源と考えられているギリシア文明に対して、これまで傍流と考えられていたエジプト文明が影響を及ぼしたことが想像されます。今後は、古代ギリシアの彫像に対しても3Dモデリングを適用し、古代エジプトのグリッド・システムの影響が見られるかを調べてみたいと考えています。

取材・構成:飯田啓介
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

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