Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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保育園「落選狙い」問題の解決策をゲーム理論で分析
横手康二 講師

数学で社会問題を解決したい

高校生のころから数学が好きでした。大学で数学を学ぶにあたり、理系の学部に進学して自然科学の問題に取り組むより、社会問題に興味があったことから早稲田大学政治経済学部に進学しました。そこでゲーム理論の講義があり、数学を使って実際に社会問題を解くことができることを知って以来、ずっとゲーム理論について研究しています。
これまで、ゲーム理論のなかでも、公正な分配の方法について理論面を中心に研究を進める一方で、理論を実際の社会問題に応用することも重要だと考えてきました。そのような応用例の1つとして、保育園「落選狙い」の問題をゲーム理論に基づいて分析した研究をご紹介します。この問題に取り組んだのは、ある日、新聞でこの問題が取り上げられているのを見たことがきっかけです。見出しを目にして、ゲーム理論を応用することができるのではないかと考えました。

2つの政策のどちらがよりよいのか

働く保護者にとって、子どもを希望の保育園に預けられるかどうかは大問題です。地方自治体の運営する認可保育園の場合、自治体が保護者の希望と保育への優先度をもとに保育園を割り当てており、人気のある保育園ほど入園はむずかしくなります。ところが、わざと落選を狙って人気のある保育園に応募する保護者がいます。
育児休業は、原則子どもが1歳になるまで取得できますが、2歳になるまで延長できる場合があります。ただし、延長するためには、保育園に応募をしたが落選したことを示す「落選証明書」が必要です。そこで、子どもが2歳になるまで育児休業したいという保護者は、「落選証明書」を手に入れるために、落選しそうな保育園に応募するのです。
そのため、実際に保育園に入園を希望する保護者だけでなく、「落選狙い」の保護者も応募することになります。その結果、保育園の割り当てを行う自治体では、作業量が増加し、割り当てが不公正なものとなり、さらには、保育園の希望について正確なデータを収集することが困難になるという問題が生じています。
この保育園「落選狙い」問題に対し、政府が実施しようとしている政策は、保護者に入園希望の強さを尋ね、希望が低い場合には優先度を下げるというものです。一方、自治体の提案する政策は、落選の証明書なしでも保護者の希望により育児休業期間の延長を認めるというものです。「落選狙い」問題の解決には、政府と自治体のどちらの政策がよりよいのか、「ゲーム理論」を応用して分析しようと考えました。

複雑な現実をモデル化して「ゲーム理論」で解く

ゲーム理論とは、「競争する複数のプレイヤーの戦略が、互いにそれぞれの利害に影響を及ぼしあう場合に、それを考慮して各プレイヤーが選ぶ行動」を数学的に解析する理論で、ミクロ経済学の分野の1つです。今回の問題では、政府と自治体のそれぞれの政策のもとで、保護者がどのような行動をとるのかを調べました。より具体的には、すべての保護者がほかの保護者に対して最善の戦略をとっている「均衡」の状態を探索しました。この均衡の状態で、全体の利益が大きい(希望の叶う保護者が多い)ほうが、よりよい政策ということになります(ただし、保護者の希望で育児休業の延長を認めると、育児休業給付金の負担が増すこと等は、今回の分析では考慮していません)。
分析の結果、実際に保育園に入園を希望する保護者と「落選狙い」の保護者の双方にとって、政府の政策よりも、自治体の提案する政策のほうがよいことを、数学的に証明しました。この結果は、根拠が明確ではない直感によるのではなく、数学的に証明されたことに大きな意義があります。政府と自治体の政策を比較するにあたって、強い説得力をもつと考えています。

今後の研究について

私の研究は、ほかの研究者とディスカッションしながら進める時間よりも、オフィスで机に向かい1人で研究を進める時間が多いです。研究のことが頭からはなれることなく、いつもなにかを考えている状態です。その一方で、今回ご紹介した「落選狙い」の問題のように、ゲーム理論を応用できる社会問題はいろいろあるので、外にもいつも目を向けることを心がけています。
今後は、非分割財の分配におけるゲーム理論について、離散数学を用いて既存の理論を拡張することと、実際の社会問題への応用を両輪として研究を進めていきたいと思っています。理論を発展させると同時に、社会の役にも立てればうれしいです。

取材・構成:飯田啓介
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

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