Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

News

ニュース

行動の構造-比較認知神経科学の最前線
兎田幸司 講師 (2019年1月当時)

動物を用いた心理学的・神経科学的な研究を行うことを通して、「ヒトとは何か」、「心とは何か」といったことを明らかにしていく、「比較認知神経科学」という旗をかがげて研究をしています。「行動」や脳の「構造」には、ヒトだけに特別に備わっているものと、他の動物と共通しているものがあります。そうした「スペシャル」なものと、「ジェネラル」なものを研究することで、「自分とは何か?」、「人間とは何か?」、「私たちはどこから来て、どこへ向かうのか」ということに迫っていきたいと考えています。

ハトに自己認識はあるか?:学部生のときの実験

これまで、ハトやマウス、サルなどの実験動物を用いて、「自己の認識」、「他者の理解」、「時間の知覚」などの研究を行ってきました。学部生のときに渡辺茂先生(現・慶應義塾大学名誉教授)の元で行ったハトを使った自己認識の実験を紹介します。これまでに、自己認識については、口紅などで顔の一部を汚して、「自分のことを気にするかどうか」を観察するような鏡を使った自己認識を調べる実験が行われてきました。こうした研究を通して、ヒト以外では、チンパンジーなどの大型類人猿だけが「自己認識」があるとされてきました。チンパンジーはできるが、サルはできない。その要因は、進化の過程で、サルと類人猿、ヒトの基本的なメカニズムのどこかで、「知能」の大きな変化が生じたためでしょうか?それとも、「自己認識」という能力について調べる方法が悪かったのでしょうか?
忘れっぽい人を指して「鳥頭(bird brain)」という言葉が使われるほど、昔から鳥類はあまり賢い動物とは思われてきませんでした。ハトは自分を認識することができないのでしょうか?映像の表示を遅らせることができる装置を使って、実験をしてみました。

お腹をすかせたハトを対象にして、「今」の自分の映像と「過去」の自分の映像をランダムにモニターに映しだし、「今」の自分の映像が表示されたときにだけ画面をつつくと、エサがもらえる実験を考えました。はじめは、ハトは「今」と「過去」の自分の映像の違いがわからず、エサがもらえる確率は50%でしたが、しだいに「今」の自分の姿が映しだされたときだけに反応するようになりました。これは自分が動いたときに画面の映像も同じ動きをするということ、つまり、視覚情報と運動情報の関係性に、ハトが気づいていることを示しています。こうしたことは、ハトも、鏡を見て自分がわかるために必要になるような、自分の運動を認識し、それが目の前に見えている映像の動きと一致しているということがわかるということを示しています。

 

異分野との融合、技術の導入が新しい扉を開く

文学部の心理学研究室で、研究や実験の楽しさに取り憑かれてしまったわけですが、その頃から、「こころ」や「行動」を生み出している脳のはたらきに、とても興味を持っていました。医学系の神経生理学や神経生物学の知識や技術を学ぶため、大学院は筑波大学の感性認知脳科学専攻に進みました。ここでは、いわゆるヒトの「こころ」について、心理学・心身障害学・医学・神経科学・分子生物学・芸術学など、様々な分野にまたがる分野横断的な学際的研究が行われていました。
大学院では、研究室の創設まもない初期メンバーでしたので、サルの実験室を整備し、実験装置を作るところから研究をスタートすることになりました。その後、学位を取得して、留学するまでの短期間、つくばの産業技術総合研究所で、新しい装置を開発したりもしました。こうした、論文発表としての研究成果とは直接に結びつかないような経験と、それによって培われた技術やノウハウは、その後の僕の研究生活における重要な能力になっている気がします。異分野の知識や技術を取り入れ、これまでに用いられてきた実験装置を根本から見直すことで、伝統的な研究デザインや、既存の動物の行動計測、古典的な脳の細胞の活動を記録・操作したりする方法に、新しい可能性が見えてくるという感覚は、こうした先の見えない試行錯誤によって学んできました。

「時間よ止まれ」:マウスの時間を光で操作する

「こころ」というものが形のないものであるように、「時間」も形のないものです。時間だけを認識するための体の器官や脳の領域などは存在しません。私たちは、何らかの方法で様々な感覚・運動の情報を統合して、時間を認識しています。最近は、どのような脳のメカニズムで主観的な「時間」が生み出されているのかというテーマに取り組んでいます。
これまでの研究では、ハトやネズミなどを、オペラント箱という実験箱に入れて、キーをつつかせたり、レバーを押させるような実験を行ってきました。しかし、こうした方法は、訓練に長時間を要する上に、動物が自由に箱の中で動き回れるため、その行動が本当に時間を「認識」する働きを調べているのかどうかわかりにくいという問題点がありました。

「ネズミの時間」を調べる課題

そこで僕は、マウスの頭をやさしく固定し、リッキング(舐める行為)を反応として記録する装置を作りました。マウスの喉を乾かせて、ただ10秒ごとに目の前にあるチューブから砂糖水が出てくるという簡単な課題を訓練してみました。訓練を繰り返すと、すぐにマウスは10秒後に砂糖水が出てくることを予測して、そのタイミングが近づくにつれて、チューブを舐める反応が増えていきました。たまに水をあげないでテストをしてみると、マウスの反応は10秒付近でビークを迎えました。つまり、マウスは10秒という時間を正確に認識できているということです。
さらに、マウスの脳の大脳基底核という領域の出口のところに光遺伝学的な刺激を与えてみると、刺激をしている最中の砂糖水を舐める行動を止め、10秒の予測のタイミングに「遅れ」が出ることが分かりました。現在の運動を止め、未来の時間予測を遅らせる、すなわちマウスの「時間を止める」ことに成功したといえます。今後は、こうした課題を用いて、時間が脳のどこで生み出されて、どのように処理されて行動を生みだしているのかについて明らかにしていこうと思っています。

変わりゆく時代に、心理学はどう向き合うか

光遺伝学とは、光を用いて、脳の特定の細胞や経路を、ミリ秒オーダーで、興奮させたり、抑制させたりできる画期的な技術です。こうした最先端の分子生物学や神経科学の最新技術がどんどん安全・簡便・安価に扱えるようになってきています。一方で、オープンソース技術の発展によって、無料で使えるソフトやアルゴリズムを使って、動物がある行動をしたときにだけ、光や音などを出したり、脳の細胞を刺激したりできるような実験装置が、数万円単位でできるようになっています。WEBカメラや3Dプリンタさえあれば、行動実験の装置が作れます。こうした技術を有効に使えば、今まで知られていなかった動物の知能や、それを生み出す脳のメカニズムがますます明らかになってくるとワクワクしています。
現代の技術革新によって、かつては夢のような話だったことが、いとも簡単にできるようになってきています。そのような中で研究をしていると、「心理学はそうした時代の流れにどう向き合っていくべきなのか」が求められているのではないかと強く感じるようになりました。僕は実験をして、新しいことに挑戦するのが大好きです。恩師である渡辺先生は、大学を定年退職されて数年間が経っている今でも、毎日のように実験室に通い、マウスの世話をして、実験をしたり、ウナギに迷路をさせたり、せっせと脳を切って、染めたりしていて、今でも自分一人で実験を続けています。今の時代に、「生涯現役!」というのは、とてもむずかしいことだとは思っていますが、僕もずっと実験室に立ち続けたいと思っております。
行動とその脳のメカニズムを調べる研究は、新しい技術がたくさん登場してきている最中です。これからの若者たちの活躍が約束されている分野だと思います。「なんかおもしろそう!」、「こんな研究なら、僕にも、私にでも、できそう!」という、かつての自分のような若者たちが、これからもたくさん出てきて欲しいと思っています。実験って、すっごく楽しいです!

取材・構成:山本綾子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/inst/wias/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる