Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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誰も知らない物理現象を「見つける」「解き明かす」
—冷却原子気体で探るミクロな粒子のふるまい
内野瞬 講師

理論物理研究の面白さ

私は紙とペン(最近ではタブレットと電子ペンとときどき計算機)を使って仕事をする理論物理学の研究者です。理論物理学者の醍醐味は、未知の現象の予言や実験に対する解釈を与えることができる点だと思っています。世界を変えるような大発見はできていませんが、それでも、誰も知らない自然法則を見つけることの喜びは何ものにも代え難いものです。

私が研究しているのは、量子力学に従うミクロな粒子のふるまいに関する物理です。なかでも量子輸送現象に私は着目しています。ここで、輸送とは、平衡状態にある系になんらかの力が加わって流れが生じることです。たとえば、電子の集団に電場をかけると、電子が動くことで電流が流れます。特に、低温では電子の量子力学的性質が顕著となり、系全体のふるまいが大きく変化します。量子力学的効果が顕著な輸送現象を特別に、「量子輸送現象」と呼んでいます。

実験技術は日々進歩しており、既知の理論では説明できないような現象も観測されてきます。その結果をどのようにすれば説明できるかを日々考え、計算し、理論にしていくのが私の研究です。

なぜ冷却原子気体を研究するのか

これまで、量子輸送は主に電子の系において研究が行われてきました。電子の系は半導体や超伝導技術とも深く関わってくるため、応用という点でも重要です。しかし、量子輸送の真理を探究するという立場にたつと、電子の系が唯一のアプローチではありません。最近では、電子の系の代わりに冷却原子気体を使って輸送現象を研究する方向性が出てきました。

冷却原子気体は、いくつもの便利な性質をもっています。例えば、原子気体は真空中に閉じ込められているため、ノイズの影響が非常に少ないです。これは、系の情報を詳細に測定する際、大きな長所となります。また、電子間には扱いづらい長距離力(クーロン力)が働いていますが、原子間に働く力は比較的扱いやすい短距離力です。さらに、原子間力の強さは、磁場を調整することで思いのままに変化させられます。この技術によって実現される、強く相互作用する冷却原子気体は、これまで実現されてこなかった新しい問題でした。

異常な量子輸送現象を解明

冷却原子気体を使って我々が明らかにした現象の1つをご紹介します。その研究は、スイス連邦工科大学(ETH)のTilman Esslingerグループが行った実験に基づいています。

図1に私が研究している現象を観察する実験装置の概念図を示しました。左右に広がっているのはリチウム原子(Li)が10万個ほど集まった「原子だめ」で、数十ナノケルビン程度の温度に冷却されています。そして、中央にあるくびれが、輸送を担っている部分であり、原子1個分が通れるくらいの管になっています。一方の原子だめの原子数を多くするなど、左右で何か差ができると原子が管を通って輸送が生じるという仕組みになっています。

図1:冷却原子気体の量子輸送現象を実験する装置の概念図。左右に広がる青色で示した部分に原子が詰まっている。中央にあるくびれを通って、原子の輸送が生じる。(内野講師提供)

Esslingerグループが行った実験(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 113, 8144 (2016).)では、常流動体の輸送現象が問題となりました。彼らは、原子間の相互作用を非常に強くすると、ランダウア公式が成り立たなくなることを発見しました。ランダウア公式とは、半導体の電子の挙動を考える際によく使われる公式で、細いワイヤを通すとコンダクタンスが量子化されることを示す公式です。コンダクタンスとは、抵抗(R)の逆数で、「流れやすさ」の指標です。この現象は、粒子間相互作用を自在に操作できる冷却原子気体だからこそ発見できた「異常現象」でした。研究者は、「相互作用が強いと原子はチューブを流れにくくなり、コンダクタンスは減る方向になりそう」と予想していたのですが、それとは逆にコンダクタンスが増えていたのです。

我々は、この異常な輸送現象を詳しく解析しました。そして、この現象を「超流動の前駆現象」の観点から理論づけました。超流動ではないけれど、超流動に非常に近い領域があるというのが我々のアイディアです。この考えのもとに粒子のコンダクタンスについて計算をすると、「異常な」コンダクタンスを再現できることを発見しました(図2)。

原子気体で観測されたこの輸送現象は、電子の系ではまだ発見されていませんが、電子の輸送でも起きている可能性があります。私たちの発見は、まだ解明されていない高温超伝導などの機構解明に大きなヒントを与えていくのかもしれません。

図2:冷却原子気体の異常コンダクタンス。点とその上下にのびるバーは実験結果で、実線で示したのが計算結果。横軸は、チューブを通る原子の通りにくさ(右に行くほど通りにくくなる)を表す指標、縦軸はコンダクタンスという物理量で、相互作用の強さによって色分けしている。1/kFaの値が大きい(赤)ほど相互作用が強い。(Phys. Rev. Lett. 118, 105303 (2017). より転載)

これからも、冷却原子気体を使って、電子の系などでは調べられないような現象を調べていきたいと思っています。

現象が理論づけられると、その理論を手がかりにして新たな現象の発見や、まだ理論づけられていない現象の説明へと応用されていきます。新しい物理現象を解き明かしておくと、100年後、200年後に何か世の中をガラッと変えるような技術に応用される日が来るかもしれません。

取材・構成:大石かおり
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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