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電気磁気効果を示す有機物の計算機シミュレーション—世の中のモーターを省エネルギーに 中惇 講師

現代のモーターは無駄なエネルギーを使っている

私たちの身の回りではたくさんのモーターが使われています。モーターには、必ず電磁石が使われています。また、発電に使われるタービンにも電磁石は欠かせません。

電気を流すと磁石としての性質を示す大変便利な電磁石ですが、欠点ももち合わせています。それは、W=I2R(W:熱エネルギー I:電流 R:抵抗)で示されるWの分だけ熱エネルギーが放出されてしまうこと。もし、この熱エネルギーを抑えて、流した電気エネルギーは磁力を得るためだけに使われれば、それだけ省エネルギーの電磁石になるのです。

そのためにはI(電流)をゼロに近づける、あるいはR(抵抗)をゼロに近づけるという2つの手段が考えられます。抵抗が限りなくゼロに近い物質はすでに発見されています。それが、超伝導物質です。高温超伝導物質の発見にノーベル賞が与えられたのは皆さんのご記憶にもあるかもしれません。

私は電流がゼロの電磁石について理論物理学の手法で研究をしています。

電気磁気効果を示す物質を探したい

電流を流せば磁石になるのが電磁石なのに、電流がゼロで電磁石が得られるのか疑問に思うかもしれません。でも、それは実現可能なのです。ある絶縁体の物質を電場がかかっているところ(たとえば、コンデンサーの極板の間)に置いたときに、その物質が磁性を示すようになれば、電流がゼロでも電磁石になります。

このように、電場の中に置くことで、物質の磁化が誘起される現象を電気磁気効果といいます。(磁場の中に置くことで、電気分極が誘起されるのも電気磁気効果で、両者は背中合わせの関係にあります。)
電気磁気効果が実際の物質(Cr2O3)で初めて発見されたのは1960年のことです。しかし、その効果は小さかったため長らく注目されてきませんでした。ところが、2000年代になって、大きな電気磁気効果を示す物質がみつかるようになり、電気磁気効果に関する研究がさかんに行われるようになりました。

しかし、そのほとんどは無機物質に関する研究で、有機物についての研究はきわめて少ないというのが現状です。私は、有機物の電気磁気効果について研究を進めることにしました。

カギは「電子が偏る自由度があるか」

そもそも、磁性とは物質がどのような状態になったときに生まれるのでしょうか。物質は原子でできています。原子は、原子核の周りを電子が動き回ってできています。この電子は自転をしながら動き回っています。その自転の向きは2種類あり、それぞれアップスピンとダウンスピンと呼ばれます。マイナスの電荷を帯びた電子が自転すると小さな磁石としての性質を示します(図1)。

図1:物質の成り立ち 左図は左から右にいくほどミクロな世界をみている。電子はある決まった点で自転しているのではなく、動き回っている。電子が存在する確率の高いところと低いところがあり、ある瞬間に電子がいる点を長い時間にわたって図示すると濃いところと淡いところができて雲のようになる。これを電子雲と呼ぶ(右)。(提供:中助教)

しかし、アップスピンとダウンスピンが図2左のようにきれいな市松模様に並ぶと、小さな磁石としての性質を打ち消しあってしまうので、もちろん物質全体としては磁性を示しません。このようにきれいな市松模様に並ぶことを「対称性が高い」と表現します。

図2右側のように、電子の並びに偏りが生じて対称性が低くなると、磁性が生まれてきます。左の状態に電場をかけても磁化は生じませんが、図2右の状態なら、磁化が生じて電磁石として機能するのです。少し専門的になりますが、時間反転と空間反転という2種類の対称性が同時に崩れると電気磁気効果が示されることがわかっています。

図2:電気磁気効果を示す電子配列のイメージ図 赤と青でスピンの方向が異なる。(提供:中助教)

有機化合物でも電気磁気効果を示すことを予言

私は、図3に示す有機化合物の電子がどのようなエネルギー状態にあるかをコンピュータでシミュレーションしています。この物質は圧力をかけると超伝導性を示すので注目されていました。最近になって、この物質は誘電性ももつということを実験研究者が明らかにしました。

図3:計算対象の分子 ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレン(BEDT-TTF)赤は水素、黒は炭素、黄色硫黄。(M. Naka et al., J. Phys. Soc. Jpn. 79 063707 (2010)、K. Miyagawa et al., Chem. Rev. 104 5635 (2004)より引用)

私は、有機化合物に特有の「電子の偏り」がこの誘電性を生み出すことを突き止め、電気磁気効果の可能性を検討しました。具体的には、この物質で時間反転と空間反転が同時に破れた電子状態が安定に存在できるのか、その状態は実際に電気磁気効果を示すのかどうかを、計算機シミュレーションを駆使して調べました。

この物質の構造上の特徴は、”平たい”(対称性が低い)分子が2個で1ペアをつくる二量体が構造のユニットになっていることです。私は、二量体の内部で電子の重心が偏る自由度を考慮にいれるという計算上の工夫をしました。このような自由度は、過去の研究では見落とされていました。ちなみに、無機物質の場合は“丸い”(対称性が高い)原子1個が1ユニットになっていて、どちらのほうに電子が偏りやすいというような特別な方向はありません。この自由度は、対称性の低い形をもつ分子に特有の自由度といえます。シミュレーションの結果、この物質は電気磁気効果を示すはずだという結論を得ました(図4)。

図4:電気磁気効果についての計算結果。縦軸は電気磁気感受率(磁化を電場で微分した値)。横軸は絶対温度。電気磁気効果がなければ、このグラフは温度を変えてもずっとゼロというフラットなグラフになる。(M. Naka et.al., Sci. Rep., 6, 20781 (2016)より転載)

この研究成果をうけて、実験物理の専門家が、電気磁気効果を示す有機化合物を探索しています。現在、時間反転、空間反転どちらか一方だけの対称性が破れている化合物はみつかっているのですが、これらを同時に破る化合物はまだみつかっていません。近い将来、みつかるのではないかと期待しています。

これまで、有機化合物の電気磁気効果に着目した研究者はいませんでした。まだ、絶対零度に近い温度での効果ですが、有機化合物でも電気磁気効果を示す物質があるという予言ができたことは、ゼロから1を生み出す成果です。この成果をきっかけに、これまで有機化合物では考えられていなかったような物性が次々にみつかっていくかもしれません。

現在の有機化合物のシミュレーションは、分子の電子状態を単純化している部分があります。原子1つの電子状態がよくわかっている無機物質と異なり、有機化合物をシミュレーションする場合は、分子1個の電子状態をもう少し厳密に考慮して計算する必要があるのではないかと考えています。そうすることで、生物の機能のような有機化合物に特有の物性がみつかったらとても面白いと思います。

この研究成果が実際に世の中の役に立つまでには、絶対零度付近ではなく実社会で応用可能な温度で使える材料が発見されるなどのブレークスルーを経なければなりません。しかし、私の研究が発展していき、世の中のモーターに使われている電磁石をすべて置き換えられるような物質が出てくる日も来るかもしれません。そうなれば、大幅な省エネルギーが期待できます。私の研究がその端緒になっていたら理想的です。

 

取材・構成:大石かおり
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

 

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