Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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カラダに馴染むナノシート ~その特徴と応用~ 藤枝俊宣 講師

ナノシートのユニークな接着性

私は高分子ナノ薄膜(以下、ナノシート)の作製やその物性評価を通じて、ナノシートの医療応用について研究しています。ナノシートとは、高分子でできた厚さ数十~数百ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)のフィルムです。とても薄いナノシートを作製する試みはこれまでにも世界中で検討されてきましたが、私は医療用の高分子からなるナノシートを初めてつくり、「体内に貼る絆創膏(ナノ絆創膏)」としての有用性を発見しました。

ナノシートの作製には、身体に優しいキトサン、アルギン酸、あるいは、ポリ乳酸などを用いています。また、ナノシートには「薄いほど接着力が高くなる」という特徴があります。つまり、サランラップをシャボン玉の膜くらいまでどんどん薄くすることで、究極の柔らかさをもつ「超」薄膜を作ることができます。膜が柔らかくなれば、様々なものの表面を密に覆うことができるため、糊を使わなくてもピタリと貼りつけられるのです。このユニークな接着メカニズムを利用することで、糊を使うことなく身体や体内に貼れるナノ絆創膏を開発しました。最近では、ナノシートを電子回路の基材として応用することで、次世代のウェアラブルデバイスの開発も国内外の先生方と共同で研究しています。

図:ナノシートと様々な薄膜の薄さの比較

ナノシートの大量製造法の実現

ナノシートはとても薄いため、空気中に放置すると単体ではくしゃくしゃになってしまいます。そのため水に溶ける膜(支持膜)を重ねておくことで、ナノシートの形状を保持します。使用時には水に浸けて支持膜を溶かすことで、皮膚や臓器などに貼り付けます。

ナノシートの製法は主に二つあります。一つが「スピンコーティング法」です。円盤の上に高分子の溶液を垂らして高速回転させ、溶媒を飛ばすことでナノシートをつくります。もう一つが「ロール・ツー・ロール法」という、新聞印刷の輪転機に似た印刷機を使う方法です。スピンコーティング法だと一度につくることができるナノシートは円盤一つ分のサイズ(平方センチメートル)に限られますが、ロール・ツー・ロール法だと巻き物状になった支持膜付きのフィルムにナノシートの原料を連続印刷できるため、大面積(平方メートル)のナノシートを大量に製造できます。

図:ロール・ツー・ロールの装置原理と支持膜上に印刷したナノシート。グラビアロールとブレードを使うことで、支持膜上に高分子溶液(インク)を印刷し連続的に製膜できる。

臓器を守るナノ絆創膏

ナノシートの医療応用として、「気胸」という肺に孔の空く病気に対してナノシートによる閉鎖と修復を試みました。現在、孔をふさぐにはおもに二つの手術方法が使われています。ホッチキスのような「自動縫合機(ステイプラー)」で穴を閉じる方法と、絆創膏のように孔が開いた部分に貼る「シート状フィブリン糊」です。しかし、どちらも孔以外の部位にまでダメージを与えてしまうことがあります。特に、フィブリン糊の場合、糊が介在することで他の臓器にも癒着する恐れがあります。この点、ナノシートでできた「ナノ絆創膏」なら、薄く柔らかい性質を利用することで糊を使わずに貼れるため、その問題が解決できるのではないかと考えました。

実験ではビーグル犬の肺に開けた孔(直径6 mm)にキトサンとアルギン酸からなるナノ絆創膏を貼り付けました。貼って3時間くらいすると、ナノ絆創膏はほとんど見えなくなります。この時、肺に空気を送っても孔からの空気漏れは認められず、くしゃみ程度の圧力が加わっても閉鎖部は保たれていました。

ナノ絆創膏とフィブリン糊のそれぞれを肺の孔に貼り付けてから7日経過後の修復部位を観察すると、ナノ絆創膏では、肺表面の滑らかな形状を維持しており、修復部には新たな血管ができていました。一方、フィブリン糊では、肺を覆う胸壁とシートが癒着してしまうため、もう一度この部分を切除する手術が必要でした。

こうして、フィブリン糊を使わなくても、ナノ絆創膏で気胸の穴を塞ぐことが可能であることがわかりました。また、ナノ絆創膏はナノシートの素材を選ぶことで、一か月くらいで溶けて無くなるように分解性を調整できます。ナノ絆創膏は気胸の治療だけでなく、他の臓器の創傷保護材としても有望です。現在、医療機器や製薬メーカーと共同研究を進めており、臨床試験を始めるための準備が整いつつあります。

図:ビーグル犬の肺にできた孔(直径6 mm)にナノ絆創膏を貼り付けて3時間経過したところ。矢印で囲んだ部分の内側にナノ絆創膏が貼り付けてある。Wiley-VCHより許可を得て転載。

図:ビーグル犬の肺にできた孔(直径6 mm)にナノ絆創膏を貼り付けて3時間経過したところ。矢印で囲んだ部分の内側にナノ絆創膏が貼り付けてある。Wiley-VCHより許可を得て転載。

ナノシートの電子化:電子ナノ絆創膏の開発

ナノシートのユニークな接着性は、医療以外にもいろいろな応用が期待できます。その一つとして、ウェアラブルデバイス分野への応用が挙げられます。まず、ナノシートを皮膚に貼る電極として使うことを考えました(イタリア技術研究所と共同開発)。筋肉に力を入れたときに発生する電位を測ることは、スポーツ科学やリハビリテーション医療の分野にとって重要です。しかしながら、通常人間ドックなどで使われる電極ではゲル状の糊を用いて皮膚に取り付けるため、汗蒸れによる電極の脱落や糊による皮膚への違和感が生じてしまい、自然な動きの中での計測ができないという問題があります。そこで、「導電性高分子」からなるナノシート(電子ナノ絆創膏)を作製しました。導電性ナノシートは電気を通すため、電極として使えます。

上腕にこのナノシートと従来のゲル電極を貼り付け、運動時の筋電位を測定したところ、ほぼ同じ値が得られました。ナノシートを電極として使えば、貼り付けていることが気にならないだけでなく、柔らかさを利用して身体の様々な部位にも貼れるため、従来のゲル電極では測定できなかった部位(例:手のひら・足の裏)のデータも得られます。近年、モーションキャプチャを駆使した生体運動の解析が飛躍的に進歩していますが、ナノシートによる生体電位計測を組み合わせれば、身体の細かな動きと生体電位との関係をより理解できると期待しています。これらの技術は、オリンピック・パラリンピックに参加するアスリートや健康医療増進のためのヘルスケアデバイス、あるいは、義肢やロボット開発のための電子材料に活かせればと考えています。

図:筋肉の電位を測る電子ナノ絆創膏と実際の筋電位データ。握力(6.9 kPa-3 kPa)に応じた筋電位の変化を測れた。身体の様々な部位の筋電位を測ることができる。Royal Society of Chemistryより許可を得て転載。

図:筋肉の電位を測る電子ナノ絆創膏と実際の筋電位データ。握力(6.9 kPa-34 kPa)に応じた筋電位の変化を測れた。身体の様々な部位の筋電位を測ることができる。Royal Society of Chemistryより許可を得て転載。

最近では、学内の先生方(創造理工学部 岩田研究室・基幹理工学部 岩瀬研究室)と協力して、ナノシートに配線を印刷した皮膚貼付型デバイスの開発も進めています。ナノインク(金属のナノ粒子を含んだ溶液)を使い、家庭用のインクジェットプリンタでナノシートに電子回路を直接印刷し、回路の中にLEDを取り付けました。この時、配線の基材になるナノシートには皮膚に馴染んでしっかりと貼り付くように、伸縮性に優れる合成ゴム(SBS:スチレン-ブタジエン-スチレン)を使いました。このデバイスを腕に貼り電池をつなげると皮膚上でLEDを点灯できます。

LEDを光らせることができたので、次はSuicaやPASMOのような交通系ICカードのように「皮膚に貼れるICチケット」の開発にも取り組んでいます。同じ要領でナノシートにアンテナコイルを印刷し、ICチップを載せたところ、カードリーダに認識させることに成功しました。ナノシート型のチケットであれば皮膚に貼り付けたままで使用できるため、将来はICカードの落し物が無くなるかもしれません。

図:電子回路を搭載したナノシート。合成ゴム(SBS)からなるナノシートに電子回路を印刷した後にLEDを取り付け腕の上で作動させた。Royal Society of Chemistryより許可を得て転載。

図:電子回路を搭載したナノシート。合成ゴム(SBS)からなるナノシートに電子回路を印刷した後にLEDを取り付け腕の上で作動させた。Royal Society of Chemistryより許可を得て転載。

ナノシートをプラットフォームに

これまで、私はナノシートの製造方法、物性評価、そして、医療応用に関する研究を中心に、絆創膏やウェアラブルデバイスの開発に取り組んできました。現在は、身体に馴染みの良いナノシートの特徴を活かして、生体情報の取得や制御にも取り組んでいます。
今後は、用途に応じた先端技術をナノシートに導入することで、ナノシートを「生体と○○(例:センサ、ロボット、あるいは、移植用の細胞や組織)」を繋げるためのプラットフォームに展開していきたいと考えています。この先も、異分野の専門家との連携が進めば、ナノシートの可能性はさらに広がることでしょう。

その一方で、これはナノシートに限らず科学研究全般に言えることですが、私達が開発する先端材料が社会や生活に与える影響も常に考えなければなりません。早稲田大学高等研究所には様々な分野の研究者が所属しているため、科学分野だけでなく社会科学や法律などの研究者とも議論を深めることで、安心・安全な医療システムの創出を目指したいと思います。

取材・構成:青山聖子/土谷純一
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

 

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