Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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極限環境を生き抜く民族誌(エスノグラフィ)―モンゴル遊牧民の暮らしから人類の環境適応力を見抜く
相馬拓也 助教 (2017年3月当時)

動物考古学からHIAへ

相馬先生_図1

図1 モンゴルでのフィールドワークの一場面。騎馬による移動や放牧追跡が頻繁に必要となる。

わたしが大学院生になったころは動物考古学、なかでも遺跡から出土した獣骨から、ヒトと動物のかかわりを解明する研究に関心がありました。転機となったのは2004年夏、遺跡発掘調査のために初めて訪れたモンゴルでした。このときは古墳に殉葬された家畜の骨などの調査を行っていたのですが、それよりもリアルに目の前に広がる遊牧民と動物の繰り広げる分厚い文化の積層に圧倒されるようになりました。そのため、過去ではなく「現在」のヒトと動物の関係に研究テーマがシフトしてゆくこととなりました。動物がどのようにヒトに家畜化されたのか、そして家畜化された動物がどのようにヒトの行動を変えたのか、対をなす相互の関係性(HAI:ヒューマン・アニマル・インタラクション)こそが自身の研究の基軸をなすものとなりました。

鷲使い“イーグルハンター”との出会い

本格的にモンゴルをフィールドワークの現場とするようになったのは2010年以降のことです。当初は、首都ウランバートルから西方1500kmほど離れたバヤン・ウルギー県サグサイ村という小さな村で、カザフの遊牧民と延べ400日ほど生活をともにし、家畜生態や民族鳥類学などさまざまな調査を行いました(図1)。

図2 アルタイ最古老の鷲使い故コマルカン氏

図3 生活をともにした若き鷹匠(当時19歳)

そのときの主要テーマのひとつに、2000年以上の伝統をもつ騎馬鷹狩文化の研究があります。カザフのイーグルハンター(鷲使い)は鷹狩用にメスのイヌワシを手なずけます(図2~3)。

羽根を広げると2mを超える超大型の猛禽を手なずけて、おもにキツネなどの中型四足獣を獲物とします。氷点下40℃近くまで下がる厳しい冬の寒さをしのぐには、毛皮を用いた暖かい防寒具が不可欠だからです。しかし、イヌワシの訓練には多くの手順や熟練の知と技法が求められます。さらに1年間で現地のヒツジ・ヤギ9~12頭分もの大量の新鮮な食肉給餌が必要です。これは一般的な世帯の年間の食肉消費量の半年分に相当します。しかも、狩りの成功率は決して高いものではありません。2011年から2012年にかけて私が調査したときは、10日間の狩りで延べ41時間を費やし、捕らえたキツネは1頭のみでした(図4~5)。

そうまでしてなぜ狩りを行うのか?彼らとの生活から見えてきたものは、鷹狩がカザフの人々にとって経済的な価値よりも、コミュニティ内の円滑な人間関係維持のために必要だからということが見えてきました。現地の出猟はイーグルハンターが単独で行うことはありません。狩りは同伴の鷹匠や勢子と共同で行います。例えば、若者が鷹狩を始めれば、コミュニティ内の長老や熟練者など異なるジェネレーションとも知り合う機会となり、交流が始まります。得られた毛皮は自家消費のほか、おもに贈答に用いられます。「顔の広さ」が大きな意味をもつ遊牧民の世界で、毛皮を得つつ良好な社会関係を維持することが騎馬鷹狩文化の本質であり、数世紀を経てなお失われなかった文化的レジリエンスと考えています。

図4 鷹狩の一場面。冬季の山岳地は-40℃を下回る

図5 キツネを捕えるイヌワシの訓練風景

 

なんでも食べて、なんでも使う!遊牧民から学ぶサバイバル戦略

モンゴルの遊牧民の生活は、五畜と呼ばれるヒツジ・ヤギ・ウマ・ウシ・ラクダからの生産物で成り立っています。家畜は彼らの財産であり、食料であり、毛から作られたフェルトや糸は、衣類やテントの材料となります。そしてその排泄物(畜糞)も、防寒のためのかまどの燃料、厩舎内の床材、固定家屋のブロックや壁吹き材として利用されます。なかでもユニークな戦略は、冬季におけるウシ、ヒツジ・ヤギの救荒食(レスキューフード)として、馬糞を濃厚飼料などと混ぜて餌として与えることも行われます。ウマは栄養豊富な牧草の先端部だけを選んで好んで食べることから、馬糞には未消化の栄養分がまだ豊富に残っているとされています。
彼らの食生活を支えるもう一つの柱が乳製品です。生乳からクリーム、スキムミルク、バター、ヨーグルト、ホエイ、酸乳(酒)、チーズなどさまざまな食品が生み出されています。それは生産物が次の製品の材料や添加物になるといった複雑な乳利用加工の体系が完成されており、まさに「利用しつくす」という形容にふさわしい無駄のないものなのです。
実りを出し惜しむ土地でのくらしでは、家畜以外にも野生動物のシベリアマーモット、オオカミ、ライチョウ、コオロギなどを食資源として利用します(図6~7)。これらは滋養強壮や病気予防の効能が広く信じられている食材でもあります。例えば、オオカミの脳みそをお湯に溶いて飲むと偏頭痛にならないとされますし、コオロギの内臓を吸い取って食べるとアトピー性皮膚炎に効果があるともされています。さらユキヒョウの肉ですらかつては食され、72種類の病気に効用があり、子どもに食べさせると麻疹にならないと信じられていました。食肉へのあくなき探究と、迷信にも近い信条が遊牧民には根強く残っていると言えるでしょう。

図6 オオカミは食用にしばしば捕獲され、6月齢頃まで育てられたのち食される。

図7 シベリアマーモット“タルバガン”は草原の夏の珍味。丸焼き(ボートク)が美味とされる

 

定量データで読み解く遊牧民のくらし

わたしの研究の中で、遊牧民の生活の「定量化」は非常に重要な仕事のひとつです。例えば、日々の放牧では牧夫は家畜を追って長い距離を歩きます。こうした生活のダイナミズムの調査には、ヒツジや牛の首にGPSロガーを付け、牧夫にもGPSや活動量計を装着してもらい調査を行います。これらをもとにした行動分析表とアクトグラフより(図8)、牧夫の放牧時間は長いときでは9.43時間、総移動距離は34.6kmに達することもありました。またヒツジ・ヤギの群れも日々草を求めて毎日平均16.7km程度を移動します。

相馬先生_図8

図8 アクトグラフを用いた日帰り放牧の行動分析

また遊牧世帯の女性の1日も忙しいものです。29~60歳までの女性たちに活動量計を装着してもらい、日々の労働投下量を調べてみると、毎日(平均)の歩行距離は15.6km(23,673歩数)、消費カロリーは3,420kcalとなり、忙しい日では4,500kcalを超えることもあります。これは日本の主婦との単純比較で2倍近い物理的な労働量を示しています。遊牧民の過酷な生活では、労働投下量がいかに多く、それでいて決して生産量は高くない現状が理解できます。
そのため最近は、遊牧世帯や田舎に暮らす若者の「遊牧離れ」が深刻な社会問題となっています。地方部からの若者の人口流出は深刻です。人口の減少によってコミュニティが崩壊していくことは世界中で起こっていますが、とくに遊牧生活では家畜の集約や毛刈りなどの世話、日帰り放牧、乳製品生産、季節移動、草刈りなどで、男手や人足などのフィジカルな作業が欠かせません。若者の遊牧離れは、遊牧民のコミュニティをまさに内部から崩壊するものと考えられるのです。おそらく50年後や100年後には、遊牧民の生活文化は世界から姿を消してしまうかもしれません。生活世界の定量的なドキュメンテーション―わたしは「計量民族誌」とよんでいますが―は、いずれ消えてしまうかもしれないモンゴル遊牧民の足跡や行動を、データによって未来でも再現できる可能性があると考えています。

地理学系フィールド・サイエンスの可能性

このように、遊牧民は動物と共生し、限られた資源を最大限利用し、動物や環境資源と共存するために独自のルールをつくっています。こうした生存戦略に、極限環境「アネクメーネ anökumene」を生存圏「エクメーネ ökumene」に変えてきた人類の環境適応力の根源を見いだすことができます。私は、「遊牧民の研究」をしているわけではありません。遊牧民や極限環境に暮らす人々の生存戦略と環境適応力の研究を通じて、「人間がどのように過酷な環境に適応しているのか?」「人類はこの先どのように生存してゆくのか?」をひもとくことに使命感を感じています。
最近の民俗学や文化人類学では「理論」の展開に重きが置かれていますが、私自身は古典的なフィールドワーカーであり、現場主義を貫いています。これまで知られていなかったデータを臨地調査により「記録化」「可視化」「数値化」することで、研究者だけではなく多くの人々に自分の研究内容を届けることも可能となります。自らの足で訪れ、耳で聞き、手で触れ、眼で見て感じる・・・フィールド科学のもっとも初現の営みこそ、インターネットによる情報化社会で得られないほとんど唯一の体験知であり、問題解決のための実務であると信じています。

 

取材・構成:山本綾子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

 

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