Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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体内時計と健康科学 田原優 助教(2015年12月当時)

  • 田原優(Yu Tahara) 助教(2015年12月当時)

体のあらゆる場所にある体内時計

私たちの体には約24時間の周期を測るシステムが存在し、これを体内時計(概日時計)と呼びます。睡眠・覚醒リズムや、ホルモン分泌、体温の日内変動など、様々な機能を制御する生理機構で、生物の恒常性維持に重要な役割を果たしています。

体内時計を制御する、いわば「中枢時計」が脳内(視床下部)にあることは1980年代にはわかっていましたが、時計の鍵となる要素はつかめていませんでした。その後1997年に哺乳類の時計遺伝子が発見されたことで、体内時計研究は加速し、現在では20~30種類ほどの時計遺伝子が見つかっています。さらに、体内時計は脳内だけではなく、体内のあらゆる臓器、細胞にも「末梢時計」として存在することが判明しました。例えば、肝臓、腎臓や肺など体の各部分でそれぞれ24時間のリズムを刻んでいます。そして、中枢時計は「マスタークロック」として末梢時計の時刻を統括してコントロールします、これが体内時計の仕組みです。

体内時計研究の重要性

マウスによる実験では、24時間ではなく7時間周期などの異常な光環境下におくことでうつ病様の行動を示すことが報告されています。また、時計遺伝子の欠如や変異が生じた個体では、睡眠・覚醒サイクルの異常や、肥満や糖尿病、循環器系障害などが起こります。私たちの日常生活においても、海外旅行による時差や夜勤など体内時計に混乱を生じさせる原因はたくさんあります。また、夜勤ががんや生活習慣病の罹患率を上げるという報告もあります。つまり、体内時計の乱れは様々な疾患に繋がる可能性があるのです。

実は、時計遺伝子は正確に24時間リズムを刻むわけではありません。時計がなく、外界の明るさの変化がわからない環境で被験者に生活してもらう実験では、 睡眠・覚醒の周期は平均すると1日約10分の遅れが生じます。私たちは日々、体内時計を調節しながら生活しているのです。例えばヒトの場合、朝の光が非常に効果的であることがよく知られており、同様に食事も大切な刺激と考えられます。

インビボ発光リズム測定法の確立

私は、マウスの体内時計をホタルの発光を利用して測定する、新しい測定方法を確立しました。代表的な時計遺伝子であるPer2にホタルルシフェラーゼを組み込んだマウスと、高解像度CCDカメラを搭載したインビボ・イメージング装置を用いました。このマウスに麻酔をかけ、上から写真を撮ることで、体内の臓器の発光を可視化することができます。この撮影を24時間繰り返すことで、時計遺伝子の働きの日内変動を発光リズムとして計測できます。本来はがん研究に使われていた発光測定法ですが、本研究で体内時計測定に応用しました。これにより、マウスを「生かしたまま」、末梢組織(肝臓、腎臓、顎下腺など)で発現する時計遺伝子を簡便に測定することが可能となったのです。

図1: 生体マウスで時計遺伝子の発現が測定可能なインビボ発光リズム測定法

「時間栄養学」という新しい学問

この新しい測定法で、カフェインをマウスに与えて時計遺伝子の発現の変化を調べてみました。すると、カフェインは体内時計周期を延長させ、特に夕方や夜に摂取すると末梢時計を遅らせてしまうことがわかってきました。

また、私たちは以前に、マウスを用いた実験で、食後のインスリン分泌が末梢組織の体内時計リセットに重要であること、特に長時間の絶食後の摂餌は強いリセット効果を生むことを明らかにしていました。そして、DHA・EPAなどの長鎖脂肪酸を含む魚油には、インスリン分泌促進作用があり、食事による体内時計リセット効果を増進することもわかりました。

こうした結果をふまえ、「何をどれだけ」に加えて「いつ」食べるかを考える、「時間栄養学」という概念を私たちの研究室では提唱しています。

ストレス負荷と体内時計

私たちはストレス負荷によるマウスの体内時計変化についても、インビボ・イメージング装置で調べました。マウスに、1日1回、狭い空間に2時間拘束するというストレスを3日間続けて与え、その後に末梢組織(肝臓、腎臓、顎下腺)の発光パターンの変化を測定しました。その結果、拘束という物理的・精神的なストレスは体内時計の時刻を変えてしまう強力な刺激であることがわかりました。さらに、ストレスを与える時間帯によって作用が大きく変化するという興味深い結果も得られたのです。

図2: ストレス負荷のタイミングと体内時計への影響

また、攻撃性が強く体の大きい系統のマウスと仕切りを隔てて対面させる社会的恐怖、狭いステージの上に放置するという高所恐怖というストレスでも同様の結果が得られています。

ヒトへの応用に向かう体内時計

体内時計の研究は世界中で行われていますが、日本はその中でも最先端にいます。私のメンターである柴田重信教授は、中枢時計が24時間の活動リズムを刻むことを初めて報告した研究者です。また、代表的な時計遺伝子であるBmal1を発見したのも日本人の功績です。国内に数多くの体内時計研究室がありますが、その中で私たちの研究室は、基礎研究ではありますが、ヒトへの応用を意識した研究を行っています。

インビボ発光リズム測定法を用いれば、マウスを生かしたまま長期の実験を継続できます。そのメリットを生かして、例えば老化の研究も可能だと考えています。「老人は早寝早起き」とよく言われますが、同様の傾向を示す系統のマウスを用い、加齢によって体内時計のサイクルが短くなっていく原因を探り出せばヒトへの応用も視野に入ってきます。

また、私たちの時間栄養学研究が、「高齢者に配慮した時間栄養・運動に基づく次世代型食・運動レシピの開発」として内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択されています。朝食に何を食べれば体内時計がリセットされるか、認知機能や骨密度が向上する食材とその摂取タイミングの探索といった研究です。いわば「体内時計に効くレシピ」の開発になります。その流れで私が今注目しているのは、腸内細菌と体内時計の関係です。最近の研究では、海外旅行に行くと腸内細菌が乱れ、体を肥満に導く細菌が増えるという報告があります。私たちの体内時計を健康に保つために、まず腸内の健康を考えるべきかもしれません。

体内時計はヒトへの応用が広く開かれている分野ですので、これからも真摯に研究に取り組んでいきたいと思います。

取材・構成:山本真紀
協力:早稲田大学大学院政治学研究科J-School

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