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磁性ナノ粒子の可能性を求めて 長谷川大二 講師 (2009年11月当時)

  • 長谷川 大二(Daiji Hasegawa)講師(2009年11月当時)

生活に欠かせない磁性材料

「磁性材料」という言葉をご存知でしょうか? 磁石のように磁気を帯びた素材のことです。携帯電話の開閉センサーから磁気自動車や家電のモーターまで、私たちの身の回りの機器の多くに磁性材料が使われています。テープやフロッピーディスクのような情報ストレージにも磁性材料が欠かせません。その中でも非常に大きな市場規模をもつハードディスクドライブ(HDD)は、日本企業の寄与の非常に大きな産業です。

難点を可能性へ、発想の大転換

私は東北大学で修士号を取得した後、メーカーでそのHDDの磁気ディスクの研究開発に携わりました。磁気ディスクはHDDの部品の中でも情報の記録を担う重要な部分で、表面には「磁性結晶粒」という、ナノサイズの永久磁石がぎっしり並んでいます。数十個の磁性結晶粒が1つのビット(情報記録の単位)を構成しており、それらの磁性結晶粒の磁化の向き(NS極の向き)を、磁気ヘッドという部品で揃えることで、情報が記録される仕組みです。
HDDの記録密度を上げるためには磁性結晶粒のサイズを小さくすればよいのですが、微細化し過ぎると熱運動によって磁化の向きが反転する「超常磁性現象」が起きてしまいます。この現象が起きると記録されたデータが喪失してしまうため、HDDの開発現場では、この超常磁性現象は大変やっかいな問題と見なされていました。

しかし、私は磁気ディスクの研究をしながらも、逆に「この超常磁性現象をなんとか工学応用できないものだろうか」という思いを抱きつづけていました。やがて会社を辞めて大学院に戻った私は、その思いを実現すべく、超常磁性の研究に着手しました。

画期的なアンテナ材料を考案

私が注目したのは、「アンテナの小型化」でした。近年、携帯電話やパソコンなどの通信機能を備えた電子機器が多様化しており、高周波領域に対応したアンテナの小型化・省電力化が急務とされています。私は超常磁性材料が、このアンテナ小型化という問題に応用できるのでは、と考えました。
現在広く使われているアンテナは、電子機器に内蔵されていて外からは見えませんが、その実体は有機ポリマーなどの基板に金属回路が蒸着されたものです。アンテナの受信可能な電磁波の波長は基板材料のもつ「誘電率」という物性によって変化し、誘電率が高いほど、同じ波長の受信に必要な材料の長さは短くてすみます(これを波長短縮効果と言います)。そのため、より誘電率の高い材料を使用することでアンテナを小型化する努力がなされてきましたが、誘電率のみを利用していては、これ以上小型化するのは難しいと言われていました。
私は、磁性材料がもつ「透磁率」という物性に注目しました。理論解析を行ったところ、材料の透磁率を高くすると、誘電率を高くした場合に比べて波長短縮効果が顕著に現れることがわかりました。さらに詳細な計算を行った結果、誘電率と透磁率を制御することで高周波用のアンテナの体積を半分程度にすることも可能だとわかりました。

そこで私が考案したのが、磁性材料である超常磁性ナノ粒子を誘電材料である有機ポリマーと複合化させたまったく新しい材料です。この磁性誘電材料は、磁気ヒステリシス損失が小さい、磁気的に等方なのでさまざまな方向から来る電波を受信できる、比較的透磁率が高い、渦電流による電力損失が小さいなど、高周波アンテナ材料にマッチした特性をもつと考えられました。さらに、透磁率と誘電率を独立して制御できるため、デバイスごとに最適な誘電率と透磁率をもつアンテナを作製することも可能になります。

長谷川先生_図1

図1 新しい磁性誘電材料の設計概念。(提供/長谷川大二講師)

この磁性誘電材料のアイディアは、非常に画期的なものでした。当時、磁性ナノ粒子を作る研究は化学の分野でさかんに行われていましたが、作った粒子の物性検討や工学的応用のための研究は、国内外を見渡しても例があまりなかったのです。

鉄ナノ粒子の謎を追って

超常磁性ナノ粒子として、実際には鉄のナノ粒子を用いました。合成技術を確立するのはたいへんでしたが、得られた鉄ナノ粒子は、直流磁界に対して予想通りの物性を示しました。問題は交流磁界、すなわち高周波でもちゃんと応答するかどうかです。鉄ナノ粒子を小さくすればするほど限界応答周波数は上がります。理論的な検討の結果、粒径を5nm以下にすれば高周波の受信が可能なことがわかりましたが、ここで問題が起きました。実際に粒径の小さな鉄ナノ粒子を合成してみたところ、バルク(大きなかたまり)の鉄に比べて飽和磁化がかなり小さかったのです。飽和磁化が小さくなれば、透磁率も下がってしまいます。

現在、この現象は鉄ナノ粒子の構造に起因するのではないかと考え、解析を進めています。新たに考案した方法で鉄ナノ粒子が合成される過程をモニターしたところ、まず、「初期核」が急速に形成され、その周囲に鉄原子が析出して粒子ができ上がることがわかりました。このことから、この初期核の結晶構造はバルクの鉄とは異なっており、そのために飽和磁化が小さいのではないかと考えています。もしこの仮説が正しければ、初期核を小さくすることで飽和磁化を大きくできるかもしれません。鉄ナノ粒子の結晶構造の解析は難しいのですが、今後は間接的な測定法を使うことで、この仮説を証明したいと思っています。

長谷川先生_図2

図2 Feナノ粒子の液相化学合成のプロセス。発生したFe-核の周囲にFe原子が集まり、ナノサイズの粒子となる。(提供/長谷川大二講師)

 

取材・構成:青山聖子/吉永大祐
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

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