Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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世界で唯一の物質を目指して 小林航 助教 (2008年7月当時)

  • 小林 航(Wataru Kobayashi)助教(2008年7月当時)

私たちの生活にあふれる新素材

元素の周期律表の第3族から第12族を遷移金属元素とよびます。この遷移金属元素からなる酸化物は、電子デバイス材料として広く応用されており、私たちの生活のなかでも、磁気テープ、メモリやハードディスクなどの電子機器に使われています。さまざまな元素を組み合わせて新しい遷移金属酸化物を作成するだけでなく、その物質のもつ電子の性質を解明することで、面白くて役に立つ材料を探すのが私の研究の目的です。

いらない熱を電力に「熱電変換材料」

現在、私が研究している物質の一つに「熱電変換材料」があります。熱電変換材料とは、温度差を加えると電圧が生じ、逆に電圧を加えると温度差が得られる材料のことで、私たちの身の回りでも小型の冷蔵庫やワインクーラーなどの冷却装置として使われています。現在、実用化されている熱電変換材料は、「ビスマステルル(Bi2Te3)」という材料を用いたもので、常温では性能がいいのですが、高温では悪くなるという弱点があります。その点、遷移金属酸化物の熱電変換材料は高温まで化学的に安定で、しかも高温で性能が高いというメリットがあり、自動車や工場が出す排気ガスからの発電に応用できるのではないかと考えられています。
これまで酸化物熱電変換材料として広く研究されているのは、おもにコバルト(Co)を成分としたものです。そこで私は、コバルト以外の遷移金属でも性能のよい熱電変換材料を作ることができないかと考え、いくつかの遷移金属元素に着目し、研究を行ってきました。
試行錯誤の結果、ロジウム(Rh)、ビスマス(Bi)、ストロンチウム(Sr)と酸素(O)からなる層状構造をもつ新規な酸化物熱電変換材料を作ることに成功しました。この物質の電気抵抗の値や熱起電力から性能を計算したところ、これまで研究されていたコバルト系熱電変換材料に匹敵する、高い熱電変換性能をもつことが明らかになりました。

秩序構造が引き起こす「電子の動き」と「強磁性」

私はほかに、「強磁性体」とよばれる材料の研究も行っています。強磁性体とは、簡単にいえば、磁石につく性質をもつ物質のことで、ハードディスクの材料などに使われています。私は、コバルト、ストロンチウムとイットリウム(Y)の酸化物から新しい強磁性体を作り、それが面白い特徴をもつことを見出しています。
私は、まずストロンチウムとイットリウムの量を変化させて、何種類かの酸化物を作ってみました。すると、不思議なことに強磁性体としての性質を示したのは、ストロンチウムとイットリウムの割合を3:1にしたときだけだったのです。さらに構造解析をしてみると、この物質の結晶構造は、ストロンチウムとイットリウムが3:1の割合で秩序をもって整列していることがわかりました。また、別の実験から、この結晶構造を崩すと、物質は強磁性体としての性質を失うことも確認されました。これらの結果から、物質内の秩序をもった結晶構造が、物質の強磁性に関係しているのではないかと、私は考えています。

小林先生_図
強磁性体 Sr0.75Y0.25CoO2.625の結晶構造
ストロンチウム(黄緑)、イットリウム(濃い緑)、コバルト(青)、酸素(赤)。Sr0.75Y0.25CoO3-dにおいて、Aサイトのストロンチウムとイットリウムが3:1で整列している。

この研究をきっかけに、この物質がほかにもいくつか面白い性質を示すことが、別の研究者たちによって明らかにされています。1万気圧ほどの高圧にすると磁性体としての性質が失われたり、レーザー光を当てると磁石としての性質が強まるなど、ほかの強磁性体にはみられない特徴が観測されています。
これらの結果と、別の研究者が行った過去の類似物質の研究を照らし合わせてみると、この物質がなぜ強磁性体としての性質をもつのかがわかってきました。どうやら、この物質がもつ独特の秩序構造が、結晶の中の電子の軌道状態やスピン状態をコントロールし、それがこの物質の強磁性体としての性質を引き起こす原因となっていたのです。

物質研究の面白さ

世の中には膨大な数の物質が、その特性を測られないまま眠っています。まだだれにも知られていない性能が隠されているはずです。それを見つけるために、文献を調べて有望な物質を合成したり、試行錯誤をしながら新物質を作り出し、それらの物質の電子物性の計測を行っています。研究をしていると予想通りの結果が出ることもあれば、まったく予想しなかった結果がでることもあり、つねにわくわくしながら研究しています。ときには、自分が作った物質が世界で初めての性質を示すこともあるわけで、そのときの喜びは何ものにも代えがたいですね。
今後は、より性能の良い新型の熱電変換材料を探したり、新しい低次元構造や秩序構造をもった物質を作り、その構造のもとで電子がどのように振る舞い、その結果どのような性能を示すのかを探ったりしていきたいと思います。

取材・構成:吉戸智明/伊佐治真樹史
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

 

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