Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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化学工学の眼で人工臓器の開発に取り組む 山本健一郎 助教 (2008年6月当時)

  • 山本 健一郎(Ken-ichiro Yamamoto)助教(2008年6月当時)

腎臓は膜を利用した「装置」

私は化学工学の出身で、膜を用いた人工臓器の開発を行ってきました。工学的視点でみると、人間の肺はガス吸収・放散装置、腎臓は膜濾過装置と表現することができます。いずれも膜透過を利用しているので、人工臓器の開発にあたっては化学工学の視点が大いに役立ちます。今回は人工腎臓に用いられている透析膜の性能評価と、人工腎臓デバイスの改良についてお話します。
腎臓は、体に不必要になったものを血液の中からこし分け、尿として体外に排出する臓器です。腎臓の役割は、老廃物(タンパク質代謝産物)の排泄、体内水分量の調節、血清イオン濃度の調節、pHの調節、ホルモンの分泌、血圧の調整と多岐にわたります。腎臓の機能が悪くなると老廃物を体外に排出できなくなり、重症になると死に至ることもあります。機能の低下した腎臓の役割を代替するために開発されたのが人工腎臓(ダイアライザー)です。

人工腎臓が老廃物をふるいわけるしくみ

人工腎臓によって血液から老廃物を取り除く操作を透析といいます。透析の主役は半透膜です。半透膜にはとても小さな孔がたくさんあいていて、小さい分子はこの孔を通れますが、タンパク質のように大きな分子は通れません。このため、半透膜を境にして血液と透析液を接触させると、老廃物である尿酸などの小さな分子は透析液に出ていきます。一方、体に必要なタンパク質や赤血球、白血球などは血液の中に残ります。こうして体に必要なものと不必要なものを、大きさによってふるい分けているのです。
実際の人工腎臓は折り畳み傘くらいの大きさです。プラスチック製の円筒容器の中に半透膜でできた中空の細い管(中空糸膜)が1万本ほど充てんされています。この中空糸膜の中に血液を、その外側に透析液を逆方向に流し、透析を行います。

開発を待つ医療現場

日本には透析が必要な患者さんが約27万人います。人工腎臓は患者さんの延命を実現しましたが、その分、長期間に亘って透析を受ける患者さんも増え、新たな問題が起きています。長期間の透析を行うことによって、骨や関節が繊維化するなどの合併症が出てくるのです。
この問題を解決するには、人工腎臓の性能をさらに向上させなければなりません。私は、そのために貢献できる研究をしたいと考えています。

膜へのタンパク質吸着を抑える

私の研究の一つは、生体適合性に優れた膜を開発するために、膜性能の評価法を確立することです。評価には、原子間力顕微鏡(AFM)を用います。AFMは微細な探針と試料の間に働く力を測定する装置です。これを使って、膜表面の粗さや硬さを測定する方法と、探針にタンパク質を付着させておき、膜へのタンパク質吸着力を測定する方法を開発しました。
中空糸膜の透過性が低下するいちばん大きな原因は、タンパク質の吸着だとされています。このため、中空糸膜は、ポリスルホン(PS)という膜材料にポリビニルピロリドン(PVP)という物質を添加して、タンパク質が吸着しにくいようにしてあります。そこで、両者の割合をさまざまに変えたフィルムへのタンパク質の吸着力を測定してみたところ、PVPの割合が5%以上になると、吸着力が大きく下がることがわかりました。

山本先生_図1

AFMの表面解析によるマッピング。黒い部分はタンパク(ヒト血清アルブミン)の吸着が強いことを示している。PVPが5%以上になると膨潤したPVPが表面を覆い(表面被覆)、タンパクの吸着が抑えられる。(提供/山本健一郎助教)

私の評価法により、現在使われている膜の評価が行えたわけですが、探針につけるタンパク質をさまざまに変えれば、高機能膜の開発に応用できます。例えば、血液中には血液凝固を引き起こすタンパク質があり、膜表面で血栓をつくるため、透析の際には抗凝固剤が欠かせません。このタンパク質を探針につけて膜との間の吸着力を評価し、吸着しにくい膜を開発できれば、抗凝固剤の使用量を減らすことができます。

膜特性を生かせる医療用分離デバイスの開発

さて、いくら高機能な膜が開発されても、その力を最大限に引き出せるデバイスで使わなければ意味がありません。そこで、中空糸膜を充てんする容器の形状についても検討しました。
改良した点は二つです。入口にあるバッフル(邪魔板)の形状を円周型に変更したこと、入口部にテーパをつけたことです。これはともに透析液の流れを均一にすることを目的としています。コンピュータシミュレーションによる流速分布予測やトレーサを用いた実験による透析液流動評価を行ったところ、透析液の滞留時間が均一化され、溶質除去性能も10~30%向上することがわかりました。

トレーサーを用いた透析液流動評価の結果。従来型では血液の入り口部分(左端)に流れやすい部分があったが、改良型では等間隔のきれいな流動状態が実現した。(提供/山本健一郎助教)

よりよい人工腎臓をめざして

膜評価では、これまで試験用のフィルムを用いてきましたが、現在は、実際の中空糸膜を用いた研究を進めています。将来は、生体膜の表面特性を評価し、より生体に近い膜の開発に役立てたいと思っています。例えば、白血球は半透膜と接触することにより、体に有害な活性酸素を発生することが知られています。生体に近い膜で人工腎臓が作られれば、それを抑えることができます。
まずは現状の人工腎臓を改良すること、そこからさらに生体に適した人工臓器を開発していきたいと考えています。

取材・構成:青山聖子/尾白登紀子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

 

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