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世界認識の枠組みと寺院資料調査 藤巻和宏 助教 (2008年5月当時)

  • 藤巻 和宏(Kazuhiro Fujimaki)助教(2008年5月当時)

人為的な枠組みから見た世界像

日本文学の研究というと、みなさんはどのようなイメージを持たれるでしょうか。多くの人が思い浮かべるのは、ある文学作品やその作者について論評する、といったものではないでしょうか。しかし、それは文学研究の一面でしかありません。
「文学」「史学」「哲学」、あるいは「人文科学」「社会科学」「自然科学」といった現在の学問分類は、明治時代、近代化にともない西洋を模倣することによってつくり上げられたもので、それまで日本にあった学問体系とは根本的に異なります。言い換えれば、新しい枠組みの中に、それ以前から存在していた様々な事象をふるい分けたと言うこともできます。
そうして登場した「日本文学史」という枠組みは、それぞれの時代を代表する作家・作品を選び出して羅列するというものでした。このことが、後に作家と作品のみが日本文学研究の対象と錯覚されてしまうことの原因になっています。つまり、自明とされている「文学」、あるいは有名な作家・作品という概念は、実は近代に創出されたものなのです。

学問の枠組みに捉われない研究

自分の専門を問われた場合、私は便宜的に「日本文学」と答えることにしています。研究者は、文部科学省の定めた学問分類に則って専門を説明しなければならない局面が多いからです。ですが、上述からおわかりのように、近代につくられた学問の枠組みの中では、研究対象を正しく認識することができません。近代以前の時代を対象とした研究であれば、なおのことです。
とはいえ、現行の学問分類を取り払うべきだとは思いません。私の研究で重視していることは、強引につくられた枠組みの中で研究者の活動がなされているという事実を認識した上で、その枠組みの向こうに存在している対象を見据えることです。
そうしたスタンスのもと、私は近代的な枠組みから取りこぼされた資料や事象を検証することにより、前近代を対象とした「宗教言説史」という新しい枠組みの構築を目指しています。これは、現行の学問分類のいずれにも限定することはできません。その分類がつくられる以前のことを研究しているわけですから、対象に応じケースバイケースで枠組みを設定すべきだと思うのです。

中世南都宗教言説史の構築を目指して

私は今まで、奈良の長谷寺の縁起(起源を語る文献)を中心に、「霊地ネットワーク」というテーマで研究を進めてきました。「霊地」とは、神仏の霊験があると考えられていた地という意味で、寺社やそれを含む聖域のことです。
私の研究では、人的交流から捉えたネットワークだけでなく、思想的結合という側面から捉えたネットワークも重視しています。たとえば、神仏習合などの理論により、ある霊地と霊地とをつなぐ宗教構想のようなものを想定することで、人的な交流が確認されないところにも、ある種のネットワークを描き出すことができます。さらに最近では、このようなネットワークに、神仏を介在させたものと言説上のものという二つのパターンがあると考えています。
こうした観点から、「人」「神仏」「言説」という3つの位相(必ず3つに峻別できるとは限りませんが)でネットワークの研究を進めています。これまでの研究から、長谷寺と興福寺、東大寺、室生寺、春日、伊勢などの霊地とを結ぶ、各位相でのネットワークを見出しました。
そして、さらには霊地ネットワークの形成という問題を展開させ、「宗教言説史」を構築していきたいと考えています。これは、文献や図像資料だけでなく、それらの背後に展開していたことが想定される諸々の言説群を対象とし、特に宗教に関わる文脈でそれらがどう生成・展開していたかということを考察するものと定義できます。さらに、地理的には南都(現在の奈良県)、時代は中世(一般に鎌倉・室町時代とされます)を中心としているので、「中世南都宗教言説史」と呼ぶことにしたいと思います。これが、先に述べた既存のものとは異なる枠組みです。そう名付けた時点で、近代的な視点による枠組みの一つとなってしまうことはわかっていますが、少なくとも呼称は設定しておく必要があると考えています。

寺院資料の調査

霊地ネットワークを見出す研究の基礎的作業として、公刊されている文献や写真、また、マイクロフィルム化されている資料などの分析を行っていますが、それと並行して寺院の所蔵資料の調査も進めています。
寺院の所蔵資料は、長い年月の間に寺院という場で離合集散を繰り返しています。そうした資料群の動態を把握することにより、個々の資料の分析からは見えてこない様々な情報を得ることができるのです。
とはいえ、資料のジャンルを限定せずにすべての所蔵資料を対象とする「悉皆調査」は、一つの寺院だけでも膨大な労力と時間がかかります。私は現在、京都の随心院という寺院で悉皆調査を行っています。他の寺院でも悉皆調査を進めているグループがあり、また、寺院以外にも公家の文庫等の資料群を対象とする研究もされています。こうした複数の研究チームが協力し、将来的には「資料学」的研究の拠点のようなものを立ち上げることは重要な課題として指摘できます。その時に私は、「宗教言説史」の構築という方面から、その拠点形成に貢献していきたいと考えています。

随心院に所蔵される文献資料の一例。(提供/藤巻和宏助教)

 

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文献資料は木箱に入れられ保管されている。この箱自体も、資料の動態を探るための重要な情報を提供する。(提供/藤巻和宏助教)

取材・構成:秦千里
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

 

 

 

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