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「供養者像」から仏教の受容と伝播を探る 小野佳代 助教 (2008年3月当時)

供養者像とは何か?

私は、仏教美術における「供養」の問題について取り組んでいます。供養とは、仏菩薩や亡くなった人に供物を捧げることをいいます。合掌し、礼拝するといった精神的行為も含まれます。供物の種類は多岐にわたりますが、どの経典にも見られるのが「華」と「焼香」です。仏前で花を供え、焼香し、手を合わせて拝む。それが供養であるといえるでしょう。
仏教美術作品の中に供養の表現を見ていくと、インドの最も古い時代のストゥーパにすでにテーマとして表されています。ストゥーパというのは、お釈迦様の遺骨を納めた塔のことです。中国の雲崗(うんこう)石窟では、石窟内の仏龕(ぶつがん)に供養する天人(供養天)が無数に表されています。この写真は龍門(りゅうもん)石窟の仏龕です。ここには供養する人間の像、供養者像が刻まれています。なぜこんなところに人間の姿が刻まれているのか?実は、供養者像はこの仏龕を発願した人、つまり注文主の姿なのです。彼らは自分が造立した仏龕に、自分の姿を肖像として刻んだわけです。

小野先生_図1

中国・龍門石窟老龍洞(ろうりゅうどう)の北壁仏龕基部に表わされた男女供養者像(初唐時代)。 仏龕とは石窟の壁などをうがち、仏菩薩を彫り出した龕のことをいう。(提供/小野佳代助教)

しかし、主役はあくまで本尊であって、供養者像は脇役にすぎません。そのため、供養者像が研究対象とされることはこれまでほとんどありませんでした。私自身が主役より脇役に興味を引かれるということもありますが、何より私が注目したのは供養者像が実際にその時代を生きた人物であり、しかも仏龕を発願した人物であるということです。作品がつくられた本来の目的を考えようとするならば、供養者像を主役としてクローズアップすることが重要だと考えたのです。

柄香炉からみえてきた供養の意味

供養者像は、しばしば柄香炉(えごうろ)とよばれる柄のついた香炉を手にしています。概説書などでは、柄香炉は「香(こう)供養」をするとき、仏菩薩を「礼拝(らいはい)」するとき、密教では「啓白(けいはく)」のときに手にもつものと説明されています。さらに具体的な使用法を知るために、『大正新脩大蔵経(たいしょうしんしゅうたいぞうきょう)』所収の3000点近い仏教典籍にあたり、分析しました。『大正新脩大蔵経』とは日本にある漢訳仏典を集大成したもので、経・律・論の三蔵のほか、それらの注釈書などが収められています。その結果、柄香炉は誓いや願いごとを述べるときに使われることが圧倒的に多いことがわかりました。つまり、柄香炉は仏に向かって何らかの文言を発したり、メッセージを届けようとするときに手にする仏具だということです。
その理由は、柄香炉から立ち上る焼香の香りと煙が、はるか彼方の仏菩薩のもとまで届くと考えられていたためです。人々は父母や親族の冥福といった願いを、焼香の煙や香りにのせて仏のもとに届けようとしたのだと思います。このことから、供養者像とは自分の願いごとを本尊に祈願している図像であると解釈できます。
このように、供養者の視点で作品をとらえなおすことで、作品の本質に迫れるのではないかと考えています。そこから何か新しいことが見えてくるかもしれません。今後は、その時代の人たちがどんなことを思い、どんな生き方をしたのかといった人物像にも迫ってみたいと思います。

供養者像から仏教の伝来ルートに迫りたい

供養者像は両膝を曲げた姿勢、あるいは片膝を曲げ、もう片方の膝を立てた姿勢で表されることが多いのですが、これはどちらも「跪(ひざまず)く」姿勢です。インドでは相手を敬うときの姿勢でした。ところが、南北朝時代の中国では、南朝の作品は残っていないのでわかりませんが、北朝の作品では立って参列する姿の供養者像がほとんどです。跪く習慣がなかったため、自分の姿を跪く姿で表したくなかったのでしょう。それが唐の時代に入ると、爆発的に流行するようになります。
日本はどうかといえば、飛鳥時代の玉虫厨子(たまむしのずし)や天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)に、跪く姿勢の供養者像がみられます。飛鳥文化は北朝の影響を受けているといわれていますが、だとすると供養者像は立っているはずなのです。日本上代の文化の流れは、もしかしたら北朝からではなく、南朝→朝鮮半島→日本というルートであった可能性も考えられます。供養者像という目立たないものから、意外にも仏教の伝来ルート解明の手がかりが見えてくるかもしれません。

CTスキャンで仏像をX線解析

一方で、私は医療用CTスキャンを用いた仏像のX線解析調査にも参画しています。仏像をX線解析するメリットは、非接触、非破壊で仏像の内部構造の正確な情報を得られることです。内刳(うちぐ)りの状況や矧(は)ぎ目も確認できますし、虫食いの被害の状況も知ることができます。これまで寄木造りだといわれていたものが、実は一木割矧(いちぼくわりはぎ)造りであることが明らかになった例もあります。仏像の内部に昔の修理名札が見えることもあります。年輪も見えますから、制作年代の特定も可能になります。
また、貴重な文化財のデータをデジタルで保存することで、復元が可能になるわけです。文化財の保存・修復の視点からも、非常に画期的な方法だと思います。
大正時代に早稲田大学で東洋美術史の教鞭をとった會津八一(あいずやいち)先生は「美術史学における実物と文献は車の両輪である」といわれています。私は「供養」についての実物と文献研究を行う一方で、X線解析という科学的な手法も取り入れ、仏教美術を総合的に研究することをめざしていきたいと思っています。

X線CTスキャナーを用いた仏像の解析 (提供/小野佳代助教)

取材・構成:青山聖子/財部恵子
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

 

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