Waseda Institute for Advanced Study (WIAS)早稲田大学 高等研究所

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コンピュータでひも解く国際政治 山本和也 助教 (2008年2月当時)

国際政治学の新しい流れ

政治学とは、世の中の人々が幸せになる方法を考える学問です。世界には、紛争や貧困により不幸になっている人が数多くいます。国際政治学を研究することで、そういった人々を救う方法を見つけたいというのが、私の研究の動機です。
国際政治学は、政治学の中でも特に国と国の関係を扱う分野です。外交や安全保障をはじめとし、環境問題、民族と何かまでを研究するとても幅広い学問で、その研究方法は多岐にわたります。外交史や政治史といった歴史的な研究や、現代政治の背景にある哲学を探る政治思想の研究が、これまで国際政治学のオーソドックスなスタイルでした。しかし近年、コンピュータの発達により政治学の世界にも新たな流れが生まれました。私は、従来の歴史研究や思想研究に加え、コンピュータを用いたシミュレーションや、ゲーム理論、数理解析を用い、国際政治学の新しい研究方法を探っています。

人種の住み分けはなぜ起こるか? ― マルチエージェントシミュレーションによる説明の試み

ここで、私が研究で用いている「マルチエージェントシミュレーション」という手法をご紹介しましょう。この手法では、国家、組織といった集団から一人の人間まで、それぞれの嗜好やアイデンティティを考慮し、それぞれ独自の主体としてモデル化します。モデル化された主体同士を相互作用させ、主体がどう動くのかを観察することで、現実社会で起こる出来事を模擬実験で分析することができるのです。
一例として、下の二つの図を見てください。

山本先生_図

トーマス・シェリングの分居モデル:人々は自分の周りの6割が同じ人種ならよいと考えているにもかかわらず、それをはるかに上回る住み分けが起こってしまう。シェリングはコインを実際に動かして実験を行ったが、この図はそれと本質的に同じ実験をコンピュータ上で再現して得られたもの。 (左図:移動前 右図:移動後)

これは、2005年にゲーム理論などの業績でノーベル経済学賞を受賞したトーマス・シェリングというアメリカの経済学者が、 “Dynamic Models of Segregation”(住み分けの動学的モデル)という論文(1971年)の中で発表した、有名なマルチエージェントシミュレーションのモデルです。シェリングはこのモデルを用いて、アメリカの都市部で起こる人種の住み分けのメカニズムを解明しようとしました。
正方形の枠が一つの街で、赤い丸は白人、青い丸は黒人だとします。左の図では、一つの街に二つの人種が混在しています。ここでもし、白人と黒人が「自分の周りの6割が同じ人種であってほしい」と考えているとします。この仮定に沿って、赤い丸と青い丸を、それぞれ周りの6割が同じ色の丸になるように動かしてみます。すると、白人を表す赤い丸と黒人を表す青い丸は、きれいに集団に分かれてしまいました。個人のレベルでは、自分の周りの6割(ほぼ過半数)が同じ人種であってほしいというだけで、それほど人種差別的な意識はないのに、これほどの人種の住み分けが起こってしまうのです。
もちろん、このモデルがアメリカのすべての人種問題を説明するわけではありません。しかし、マルチエージェントシミュレーションを用いることで、我々の暮らす社会をより現実に即した形で再現することができるのです。私はこの手法を用い、紛争や対立の火種となる国家や民族といったものが、どのように成り立っているのかを分析しています。

データマイニングで見えた日本人の東アジア観

私が関心をもっている問題の一つとして、「境界」の形成があります。島国に住んでいる日本人にはわかりにくいのですが、地図上の国境と、言語・宗教などの観点で見た「境界」とが一致しないことはよくあります。そもそも境界は、ときには国境、またあるときには宗教というように何らかがシンボルとなって、人々が主観的に形成するものです。
私たちの暮らすアジアに目を向けてみると、近年、ASEANを中心とし、中国、韓国、日本を加えて、「東アジア共同体」を形成しようという議論がさかんになってきました。しかし、東アジアの地理的、経済的な範囲は、まだ明確には定義されていません。共同体形成には、人々がそれをどう認識しているのかを知ることが重要です。現在私は、世論調査、外交文書の分析に加え、データマイニングという手法で、東アジアの人々が自らの住む地域を、どう捉えているのかを研究しています。
具体的には、データマイニングを用いて、データベースの中で最もよく検索されているいくつかのキーワードを選び、キーワード同士が同時に検索される頻度を解析して、その相互関係を分析しています。
この手法で、日中平和友好条約、日米安全保障条約といったアジア関係の外交文書をまとめた日本語のデータベースを解析し、日本人が東アジアをどう認識しているのかを調べてみました。その結果、データベースを使った人々は、日本とアジアよりも日本とアメリカとの関係に深い関心があり、アジアの国々に対して、共同体という認識が低いことがわかりました。
この結果は、戦後日本がアメリカとの関係を強め、アジア諸国とは共同体のような広いつながりをもってこなかったという歴史的事実と合致しています。また、世論調査の結果でも、日本人は他のアジアの人々と比べ、自分たちがアジア人であるという意識が低く、データマイニングが現実社会の出来事を反映するという、よい実証になりました。
今後は、中国や韓国など、日本以外のアジアの人々が、東アジアをどう認識しているのかを研究していこうと考えています。

取材・構成:青山聖子/伊佐治真樹史
協力:早稲田大学大学院政治学研究科MAJESTy

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